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東海道日坂宿(掛川市)舞台に文人の生き様 永井紗耶子さん直木賞受賞第1作

 第169回直木賞を受賞した永井紗耶子さん(島田市生まれ)の受賞第1作「きらん風月」の主人公は江戸後期、東海道日坂宿(掛川市)を拠点に活躍した戯作[げさく]者栗杖亭鬼卵[りつじょうていきらん]。「寛政の改革」を主導し言論や表現を抑圧した元老中松平定信との邂逅[かいこう]から、時代に翻弄[ほんろう]されながらもしなやかに生きる自由人と、東海道を往来した文化の魅力を伝える。

「鬼卵をはじめ、当時の文人墨客の生き方は、抑圧された中で道を探していくたくましさを感じる」と語る永井紗耶子さん=静岡市内(写真部・二神亨)
「鬼卵をはじめ、当時の文人墨客の生き方は、抑圧された中で道を探していくたくましさを感じる」と語る永井紗耶子さん=静岡市内(写真部・二神亨)

 定信のお忍び旅の道中、日坂宿でたばこ屋を営む鬼卵が昔語りを聞かせる。鬼卵は河内国(大阪府)に生まれ、詩文や書画の腕を磨いたが芽が出ず、三河吉田(豊橋市)、三嶋、駿府(静岡市)の下川原と居を移す。60歳を過ぎて日坂宿へ。東海道の名士や文化人の人名録「東海道人物志」や、尼子十勇士の物語など読本[よみほん]の人気作を生み出した。
 執筆のきっかけについて、永井さんは「『アンソロジーしずおか 戦国の城』の短編執筆のため島田の諏訪原城を調べるうち、尼子十勇士の筆頭、山中鹿之助の伝説が鬼卵の創作だったと知った」という。鬼卵の狂歌を定信が褒めたという逸話も残り、「思想も立場も相いれない2人がニアミスを繰り返している。定信が下した命令に鬼卵が振り回されていた。人生の波が異なる2人が会話をしたら面白いだろう」と考えた。
 はすに構えた鬼卵と堅物の定信との問答は、痛快さとともに物事の本質を読み手にも問いかける。「鬼卵は、身分のはざまをさまよっていた文人墨客。現代で言えばフリーランサー。型にはまらない人が、生きられる居場所が江戸時代にもあった」
 鬼卵による人名録は名所や名物だけではない旅の楽しみ方を教え、小さな宿場から生まれた物語は、江戸や上方で親しまれ、歌舞伎の演目にもなった。「大井川で川止めに遭うなど、人が歩いてゆっくり移動することで文化が生まれる。歴史は政治や戦が中心の勝ち負けで語られがちだが、市井の文化とは切り離せない」
 鬼卵の狂歌「世の中の人と多葉粉[たばこ]のよしあしは煙となりて後にこそ知れ」は永井さん自身の創作姿勢にも重なる。「直木賞受賞を機に本を手に取ってくださる。とても光栄なことではあるが、だからこそ賞にしばられることなく、自由に書いていきたいなと。心躍る方へ、純粋に楽しいものを書きたい。鬼卵が言う通り、評価は煙になってからではないか。海外の人にも読んでもらえるものが書けたら」と今後を見据える。
 (教育文化部・岡本妙)

 

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