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【第2章】学校の防災④完 保護者引き渡し模索 「安全確保」の判断難しく【東海さん一家の防災日記 南海トラフ地震に備える/いのち守る 防災しずおか】

 南海トラフ地震が起きれば、多くの小中学校体育館が避難所になる。空調やトイレなどの設備は十分か。南海トラフ地震臨時情報が発表された場合、学校活動は休止するのか。第2章では自主防災会会長の東海駿河さん(71)やその家族と共に、学校の防災課題を点検していく。

 「避難場所まで落ち着いていましたし、待っている間も静かでしたよ」。竜洋君(7)の小学校で南海トラフ地震を想定して行われた引き渡し訓練。迎えに来た遠州さん(36)と三保さん(34)は訓練中の様子を聞き、「頑張ったじゃん」と竜洋君をほめた。竜洋君の学校は校庭の南半分までが津波浸水区域に入っている。昨年度までは校舎の3階以上を津波の避難場所としていたが、今年度からは完成したばかりの校舎裏の命山に変更した。校舎が老朽化し、余震が続いた場合には危険だと判断した。
 帰り道。竜洋君は「今日は訓練で2人とも休みだったけど、平日はすぐに迎えに来られないよね」と尋ねた。遠州さんの会社は市中心部にあり、営業で外に出ていることも多い。三保さんは自宅近くのスーパーでパートをしている。「私が一番近いけど、学校からは安全が確認されるまで引き渡しをしないと言われている。実際は、心配で一刻も早く行きたいと思うはずだけど」と三保さんは不安な表情を浮かべる。
 東日本大震災では、子どもを迎えに来た保護者やきょうだいが津波に巻き込まれたり、引き渡し後に亡くなったりするケースがあった。県教育委員会は震災後、危機管理マニュアルを改定し、子どもや保護者の安全が確保されるまでは引き渡しをしない方針を明記した。判断の基準は大津波、津波警報の解除、周辺の浸水状況―などを挙げている。遠州さんは「訓練ではいつも警報が解除され、安全確保できた前提になっているけど、今通ってきた道も安全かは分からないな」と懸念する。そもそも、学校が情報を収集し、安全かどうか判断できる余力があるのか…。
 「被災状況によっては1日以上たってもたどりつけない可能性もあるわね」とため息を漏らす三保さんに竜洋君は「今日みたいに学校の先生や友達と安全な場所に避難するから心配しないで」と笑顔を見せた。「学校がちゃんと見てくれている。そう信じるしかないな」「仕事先から迎えに行く経路やばらばらで被災した時に落ち合う場所を家族で決めておくことも大事ね」。そう話しているうちに自宅にたどり着いた。
 別の日。富士子さん(33)が勤める小学校で行われた引き渡し訓練。訓練を知らせる放送とともに、児童が一斉に机の下に潜って身の安全を守った。「慌てないで、運動場に避難を」。しばらくして担任の富士子さんは子どもたちに声をかけた。児童らは運動場まで列をなし、早歩きで避難した。
 学校は浸水区域外だが、浸水区域にある自宅から通っている児童もいる。迎えに来た保護者の一人は「自宅周辺に戻った方が危ないかもしれない。そのまま学校にとどまっても大丈夫でしょうか」と訪ねた。富士子さんは、安全が確認されるまで保護者も学校に留め置くという学校の方針を伝えた。「市教育委員会とも密に連絡を取って情報収集をしていきます」と強調した。明日へのメモ

 風水害対応も工夫 アプリやマニュアル
 竜洋君の母・三保さんは全国各地で豪雨災害が頻発している新聞報道を目にした。「地震の対応に注目しがちで風水害についてはあまり考えていなかった」と振り返る三保さん。竜洋君が安全に学校から自宅に戻ってこられるのか…。小学校教諭をする義理の妹・富士子さんに相談したところ、風水害の経験を基に引き渡し方法を工夫する学校の話を教えてもらった。
 浜松市の西小では、新型コロナウイルス禍に市が導入した保護者と学校の連絡アプリ「さくら連絡網」を防災でも活用している。アプリを通じて保護者が迎えに行く家族や時間を知らせ、学校側は結果を集約して引き渡しに備える。「さくら連絡網」を活用した児童引き渡し訓練の画面。保護者が回答し学校側が集計を取る=浜松市
 「夫も私も日中は仕事をしている。親戚も近くにはいないからお迎えが必要なタイミングですぐに行けるとは限らないわ」と三保さん。富士子さんは「最近はそうした家庭が多く、保護者がいつ来るのか把握できるのは有効だ。回答があったかどうかで保護者の安全を確認できるメリットもある」と務める学校での導入も検討しているという。
 同市の豊西小は独自でマニュアルを作成した。同校は学校周辺の交通量が多く、南北に長い学区が特徴。車での引き渡しを想定し、渋滞緩和を図ろうと教員の人員配置を見直した。地域ごとに学校が引き渡し時間を指定し、7人の職員が児童を車へ誘導する。車のダッシュボードに置く名前プレートの配布も検討し、混乱のないよう迅速な引き渡し方法を模索している。

 連絡手段は?備蓄は十分?
 引き渡し訓練後、富士子さんは同僚と当日の様子を振り返った。引き渡しは安全が確認されてからとマニュアルではなっているが、「それでも心配ですぐに来てしまう保護者もいる」「南海トラフ地震では支援が届くまでに時間がかかる。備蓄は十分か」。さまざまな課題が出てきた。
 富士子さんは校外研修で聞いた東日本大震災の例を紹介した。仙台市中心部のある小学校では、地震直後から無線が使えなくなり、災害対策本部との連絡が途絶えた。停電やライフラインの被害で保護者へのメール、電話も不通に。学校近くには駅やショッピングモールもあり、一時は2千人以上の帰宅困難者が詰めかけた。備蓄は指定避難所利用者分として約1800食分しかなかった。
 富士子さんは「市と連絡を取り合いながら、周辺の被災状況などを把握していく予定だが、行政からの情報収集は難しいことも想定した方がいいかもしれません」と強調する。富士子さんの学校付近にも駅がある。児童だけでなく、帰宅困難者の対応も必要となれば、学校職員だけで周辺の安全を確認する余力はない。教頭は「避難してくる地域住民からの情報が大事になる」と見据えた。
 「児童の分は別で用意しているが、迎えに来た保護者の分、あるいは保護者が数日たっても迎えに来られないことも考えると足りない」「しかし、備蓄を増やした場合、保管場所はすでにかなりいっぱいになっている」。教員は活発に意見交換したが、どれもすぐに答えが出なかった。「何が起こりうるのか、想像力を働かせて、地道に対策していくしかない」と富士子さんは気を引き締めた。

 「東海さん一家の防災日記」で取り上げてほしいテーマや、地域・家庭での特色ある活動、県や市町の防災行政への意見などを募集します。情報を基に取材をさせていただく場合もあります。お住まいの市町名、氏名またはペンネーム、年齢、連絡先を明記し、〒422-8670(住所不要) 静岡新聞社編集局「東海さん一家の防災日記」係<ファクス054(284)9348>、<Eメールshakaibu@shizuokaonline.com>にお送りください。

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