テーマ : 気象・災害

【第3章】半割れ発生(前編)③ 臨時情報で自主避難 渋滞、買い占めで焦燥【東海さん一家の防災日記 南海トラフ地震に備える/いのち守る 防災しずおか】

 最大でマグニチュード(M)9級の巨大災害が想定される南海トラフ地震で最も懸念されるケースの一つは、M8級の大地震が続けざまに起こる「半割れケース」だ。同ケースが発生すると社会はどのような状況になるのか。自主防災会会長の東海駿河さん(71)や長男で会社員の遠州さん(36)一家をモデルに、住民が直面する課題を考える。

 M8・0の大地震が四国沖で発生し、気象庁は2019年の運用開始後初となる「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震警戒)」を発表した。想定震源域の西側から、駿河湾や遠州灘を含む東側に連鎖して大地震が起こる危険性が高まった―という情報だ。浸水想定区域に住む東海遠州さん(36)、妻三保さん(34)、長男竜洋君(7)、長女かのちゃん(5)は、同区域外に住む遠州さんの父駿河さん(71)宅に自主的に約1週間の事前避難をするため、車に水や食料を積んで出発した。
 ■親族の家へ
 事前避難は一般的に、地震発生から津波到達までの間に安全な場所への避難が難しい沿岸部住民や要支援者が対象となる。その他の住民はいつでも避難できる態勢を整えた上で、なるべく「通常の生活」を送るよう求められるが、自主的に避難する人も少なくないとみられる。市民の大半を収容できるほどの避難所確保は物理的に難しく、事前避難では親族や友人の家への「縁故避難」が推奨され、食料も自分で用意する必要がある。
 遠州さん一家は、通常は車で30分ほどの市郊外にある駿河さん宅に向かった。しかし道路は大渋滞。「全然進まないじゃないか」。焦る遠州さんをなだめるように三保さんが言った。「地震が起きたら水も食料も足りなくなるわ。買って行きましょ」。スーパーに立ち寄ると、駐車場は見たことがないほど混雑していた。客は残ったわずかな商品を奪い合うように買っていた。遠州さんは買い物を諦め、駿河さん宅へと急いだ。

 ■伝言ダイヤル
 2時間近くかかり、夕方になって到着すると駿河さんが家から飛び出してきた。「富士子は無事だったぞ。津波に襲われたが、何とか逃げられたらしい」。駿河さんは安堵[あんど]のあまり肩を震わせて泣いた。遠州さんの妹で小学校教諭の富士子さん(33)は研究発表会で徳島県に出張し、地震後は音信不通となっていた。携帯電話は通じず、富士子さんはNTTが開設する災害用伝言ダイヤルに公衆電話からメッセージを録音していた。以前から家族内で「災害で離れ離れになったら伝言ダイヤルを使おう」と申し合わせていた。
 富士子さんが出席した発表会会場は海に近く、地震後は高台に避難しようとした。津波はすぐに押し寄せ、ひざ下まで浸水。右足をがれきにぶつけて転んだが、必死で逃げ、避難所で一夜を明かした。
 伝言ダイヤルの録音は1件30秒までのため、何件かメッセージが残されていた。富士子さんは足が痛み、今日になって病院に行ったという。「治療の優先度が低い」と言われたものの、足に添え木をして包帯で巻かれ、松葉づえも貸してもらった。「命が助かったことに感謝しなきゃ」と富士子さんのむせび泣く声が受話器越しに聞こえた。

 Q&A 事前避難と社会活動継続
  事前避難とは何か。
  南海トラフ地震の想定震源域の西半分か東半分でマグニチュード(M)8級の地震が発生(半割れ)し、もう片側でも時間差で大地震が起きる可能性が高まった場合に、気象庁は「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震警戒)」を発表する。市町は、地震から津波到達までに避難が間に合わない「事前避難対象地域」の住民に対し、安全な地域の親族・友人宅や、指定の避難所などに1週間、事前避難をするよう促す。
  事前避難対象地域とはどんな地域か。自宅が該当するかを調べる方法は。
  一般的には津波浸水想定区域の中で、地震から30分以内に30センチ以上の浸水が予想される地域。県や市町はホームページなどで公表している。津波避難タワー、避難ビルなどがある地域は避難可能と判断して「対象地域なし」としている自治体もあり、指定状況は市町によって異なる。
  「後発地震に注意しつつ通常生活を送る」とはどういう状態を指すのか。
  かつて東海地震の警戒宣言発令時は交通や金融などの休止を想定したが、国は臨時情報(巨大地震警戒)の発表時、被災していない地域では平常通りに交通機関や経済活動、学校などを継続するよう求めている。先に発生した地震の被災地復旧を急ぎつつ、後発地震に冷静に備えるためにも社会活動の継続を図る。


 ◇この物語は南海トラフ地震の幅広い発生パターンの一例を描いた架空のシナリオです。実際には全く異なる発生状況もあり得ます。
 ◇「東海さん一家の防災日記」の感想や、地域防災への意見などを募集します。お住まいの市町名、氏名またはペンネーム、年齢、連絡先を明記し、〒422―8670  (住所不要) 静岡新聞社編集局「東海さん一家の防災日記」係<ファクス054(284)9348>、<Eメールshakaibu@shizuokaonline.com>にお送りください。

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