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テーマ : 磐田市

【第3章】ついの別れ㊥ 最高点 答案残して 努力の歩み 旅立ちの朝【青春を生きて 歩生が夢見た卒業】

 最期の瞬間は、予期しない形で訪れた。2021年10月13日、2学期の中間テスト最終日。静岡県立磐田北高2年の寺田歩生[あゆみ]さんは午前8時頃、目を覚ました。前夜は日が変わる時間まで勉強し、その成果をぶつけるつもりでいた。

寺田歩生さんが2年生2学期の中間テストで受けた保育と物理の解答用紙。人生最後のテストとなった保育は最高得点だった
寺田歩生さんが2年生2学期の中間テストで受けた保育と物理の解答用紙。人生最後のテストとなった保育は最高得点だった

 「トイレ行こっか」
 母の有希子さん(54)が歩生さんの部屋を訪れた時だった。歩生さんは、ベッドの上で急に息苦しそうにした。「今日は苦しい」。自分でベッドサイドに座り、扇風機の風に当たりながら呼吸を整えた。「テストは受けられない」。呼吸はいつものようには落ち着かず、苦しさは増し、意識を失った。
 あまりにも突然娘に襲いかかった死の影に、有希子さんは、気が動転した。以前から、家族と磐田在宅医療クリニックの福本和彦院長(50)との間で延命措置はしないと決めていたが、119番していた。「助けたい」「これ以上苦しめたくない」。そんな思いが交錯した。急行してきた福本院長は、静かに歩生さんの最期を確認した。
 4年間の闘病生活が終わりを告げた。「歩生ちゃん、戻っておいで」。近くの自宅から駆け付けた祖母は嗚咽を漏らした。
      ◇ 
 家族で歩生さんの体を清めた。長女侑加さん(27)と次女季世さん(24)は、自分たちの化粧品を持ち寄り、妹にメークをした。
 「旅立っても可愛く目立って」―。
 キラキラ輝くアイシャドーを塗り、歩生さんのポーチに入っていたサーモンピンク色のチークをほおにのせた。闘病のため、友人と遊びに行く機会がほどんどなかった歩生さん。チークは新品だった。
 有希子さんは、同校に報告に行った。遠隔授業の導入や留年の決断を受けた対応に奔走した鈴木真人校長(当時)は有希子さんが帰った後、校長室で一人泣いた。
 夢見た卒業は、果たせなかった。だが、努力はうそをつかなかった。前日に受けた物理。歩生さんは「失敗した」と落胆したが、実際はクラス平均より10点も高く、担当教諭と当時教頭の河西伸之副校長(53)はこんな会話をしていた。
 「よくできてる」
 「答案を返したら、本人喜びますよ」
      ◇
 「保育」が、人生で最後に受けたテストとなった。教科担当の石川史子教諭は悲報を知り、解答用紙の余白に手書きのメッセージを残した。「このテストが最後になるなんて想像もしませんでした。体調が優れない中、最後まで全力で取り組み最高得点を取るあなたを心から尊敬します」
 100点満点中、94点。1位だった。

 メモ 静岡県立磐田北高の1階渡り廊下には、木製のスロープが1カ所設置されている。寺田歩生さんが2年生の2学期、車椅子で登校することが検討されていたため、スムーズに移動できるよう直前の2021年夏に取り付けた。教諭が同校福祉科から車椅子を借りてきて、母有希子さん見守りのもと実際に歩生さんを車椅子に乗せ階段を上り下りする方法を確認した。同校では2年生に進級すると、教室が別棟の上階に変わるが、歩生さんの負担を考慮し、2年生になっても上階に行かずそのまま使えるよう1年生の教室を2年生の教室に変更する対応を取った。

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