【科学する人】放射線の影響 DNAから分析 分子生態学者/兼子伸吾さん㊤
全ての生物は細胞の中に遺伝情報の担い手であるDNAを持つ。福島大の兼子伸吾准教授(45)はDNAから野生生物の生態を探り、保全に役立てる研究に取り組んでいる。「住民の不安の払拭につなげたい」と、東日本大震災で発生した東京電力福島第1原発事故による放射線の影響に関する研究成果も精力的に発信している。
兼子さんは野生の動物や植物のDNAを抽出して分析し、その特徴や進化の過程などを解き明かす。対象はシカやナナフシ、タケノコと幅広い。
震災から約1年後の2012年4月、福島大に着任した。被ばくによる健康影響を心配する地元住民の声を居酒屋でたびたび耳にした。担当外だったが、原発事故関連の論文を読みあさった。だが、どの論文も引用ばかりで自ら調査した成果はほとんどない。「誰もやらないなら自分がやろう」と奮い立った。
兼子さんの研究チームは、福島県の避難区域などのイノシシと事故前に隣県で捕獲されたイノシシのDNAを比べ、突然変異の頻度に違いがないことを22年に発表した。23年には同県大熊町の帰還困難区域内と、区域外の福島市などのソメイヨシノやスギを分析し、同様の結果を報告した。
原発事故による生物学的影響は誇張されることがある。「調査から分析までやり、正しい情報を自らの責任で発信していく」と力を込める。
かねこ・しんご 1978年生まれ、磐田市出身。2008年に広島大大学院で博士課程修了。京都大大学院の研究員などを経て14年から現職。