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テーマ : 牧之原市

バスの中で「千奈は待っていた」 生前の動画に降園する様子【届かぬ声 子どもの現場は今㉖/第5章 命と責任㊤】

2022年6月に撮影された動画の一場面。河本千奈ちゃんはこの日も声を掛けられるまでおとなしく座って待っていた。顔は背もたれより上に出ている=牧之原市内(両親提供)
2022年6月に撮影された動画の一場面。河本千奈ちゃんはこの日も声を掛けられるまでおとなしく座って待っていた。顔は背もたれより上に出ている=牧之原市内(両親提供)

 「あの日も千奈は降りる準備をして、座って待っていたはずです」
 2022年9月5日、牧之原市の認定こども園「川崎幼稚園」の送迎バス内で亡くなった河本千奈ちゃん=当時(3)=の父(39)は、自身のスマートフォンに残る動画を見つめて語気を強めた。
 撮影日は事件約3カ月前の22年6月13日。次女の出産直後で入院中だった妻に“お姉ちゃん”の元気な姿を伝えようと、バスで降園する様子を偶然捉えていた。後ろから2列目に座っていた千奈ちゃんの顔が、座席の背もたれより明らかに上に出ていることも分かる。
 動画の中の千奈ちゃんは降園担当の乗務員に促されてようやく席を立ち、手を引かれてバスを降りた。
 事件当日もきっと、千奈ちゃんはバスが停車しても園に教えられた通り行儀よく座り、「降りるよ」の一声を待っていたと父は言う。園長らが少しでも車内を見れば気付いてもおかしくなかった。「千奈には何にも責任がないのに、何でかなと思いますね…」。たった一人取り残された娘を思うたび、胸が張り裂けそうになる。この動画が生前の貴重な記録になるとは思いもしなかった。
 送迎バスは園児にとってどういう時間なのか、事件を受けて改めて考える必要があると県内の保育関係者は指摘する。
 沼津市内の認定こども園で乗務員業務に当たる保育教諭は、朝のバスを「子どもたちの1日のモチベーションが決まる大事な時間」と考えている。バスの中で泣き叫んだり、落ち着かない行動を取ったりすると、園に着いても終日引きずってしまうことが多いという。そんな園児には寄り添う姿勢を示し、違う話をして気持ちを紛らわせる。保育教諭としての専門性が試される場面だ。園長は「職員間で『バスは動く幼稚園』という認識を共有している。子どもにとって違いがあってはいけない」と、誰が乗務員であっても同じように園児と接する大切さを強調する。
 ある雨の日の朝、千奈ちゃんは靴を履いてバスを待っていた。家の前にバスが着くと、他のほとんどの園児が長靴だった。自分だけ靴なのが気になったのか、千奈ちゃんは「みんな長靴じゃん!」と声を上げた。次の雨の日、母が気を利かせて長靴を履かせると、千奈ちゃんはうれしそうにバスに乗り込んだという。
 「自分と違うところに気付いて『そっちの方がいい』ってなる。子どもってそうじゃないですか、みんなと一緒にしたいというか」。父は思う。「ただの移動時間ではない。千奈がバスのことを楽しいと言っていたのは、そういうところじゃないですかね」
 置き去りはバスの車内で起きたが、“園内”で起きた事件でもあった。
     ◇
 大好きだったはずのバスで命を奪われた事実が、遺族を苦しめている。福岡県中間市で5歳の男児が亡くなった事件からわずか1年余りで、悲劇はなぜ繰り返されたのか。大人が守るべき命とその責任について考える。

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