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テーマ : 牧之原市

「子ども第一」の制度へ 東京大名誉教授・汐見稔幸氏インタビュー【届かぬ声 子どもの現場は今】

 静岡新聞社が行った保育者アンケートへの受け止めについて、保育政策に詳しい汐見稔幸東京大名誉教授(教育学、保育学)に聞いた。

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汐見稔幸東京大名誉教授
 

―アンケートの印象を。
 「保育現場の多忙感や不適切な保育に対する認識など、現場の実態が反映された結果だと感じた。一方、気になったデータもある。例えば、保護者から連絡なく園児が登園していない場合、確認の連絡をしなかったことが『ない』と答えた人が73%というのは低い印象。90%は超えてほしかった。登園途中でトラブルに巻き込まれているかもしれないし、登園していないことに重要な情報が隠されているかもしれない。保育園や幼稚園などを問わず、園の危機管理のためにも確認作業は徹底してほしい」
 ―保育現場はやりがいを感じながらも、回答者の6割以上が多忙感を「非常に感じる」と答えるなど負担感の大きさが浮き彫りになった。
 「保育現場の忙しさは保護者の労働時間の問題と密接に結び付いている。先進国で保育施設を1日11時間も開けているのは日本ぐらい。経済協力開発機構(OECD)の調査で、日本の給与所得者の労働時間は年2000時間ほど。フランスやドイツは1400時間台、オランダは1200時間台。そういう国では夕方には保護者が子どもを迎えにきて、園も門を施錠してしまう。そういう方向に努力し生産性も上げてきたが、残念ながら日本は長時間労働に本気でメスを入れてこなかった。日本の保育政策は子どもの幸せというより、女性労働力をいかに確保するかということに重きを置きすぎていたのではないか。そのしわ寄せが保育現場、ひいては子どもに向かっている」
 ―不適切な保育は「どこの園でも起き得る」と回答した人が8割を超えた。
 「保育の遊びの中には宙づりなど見方によっては危ないよね、というものがたくさんある。子どもが喜ぶからやるのだが、先生の心に余裕がない時、そうしたちょっと危ない遊びが不適切な保育になってしまう可能性を多くの保育者が感じているのではないか。コロナ対応などで多忙感やストレスを抱えていることも背景にあるだろう」
 ―保育現場での事件、事故の背景には資質や適性、自覚に乏しい保育者も一部にいると指摘する意見もあった。
 「保育現場は小さな命を預かっている。扱いを間違えれば命を奪ってしまうし、上手に扱うとものすごく生き生きする。その子の命が輝いているように見えるくらい。それには丁寧な保育が大事で、保育の専門性が極めて重要。おしっこを漏らした時、周りに気づかれないよう上手に処理してあげるとか、おどおどした態度から家庭での虐待の疑いを見抜くとか。あるいは子どもの病気については看護師なみに詳しいとか。徹底した教育や訓練が必要だが、養成校や保育現場でも養成姿勢に差がある。専門性を高め、処遇を上げる抜本的な制度改革が必要ということが示唆されたのではないか」
 ―子どもを大事にする保育をどう進めるか。
 「現在の配置基準で丁寧な保育をするのは無理がある。保育園で4、5歳児は30対1だが、欧米並みの15対1くらいにはしてほしい。保育者は人間を育てる仕事だから、質の高い文化に触れる機会が日常生活に必要だ。長期休暇を取って異文化に触れるくらいのゆとりがあっていい。それらが保育に生き、保育の質の高さにつながる。幼少期にいい保育を受けた人がたくさん出てくることは、その後の学力形成にもつながる。欧米はその視点から保育や幼児教育を重視している。政府は、幼い子どもがいる親の残業時間を法律で制限するとか、踏み込んだ対策をやるべき。でないと『異次元の子育て支援』とは言えない。子育てがこんなに楽しいことだとは、とみんなが思える国にしていかないと」(「届かぬ声」取材班)

 しおみ・としゆき 全国保育者養成協議会会長。妻和恵さんと家族・保育デザイン研究所(東京都)を運営。専門は教育人間学、保育学、育児学。子どもの教育に幅広く関わり、著書多数。

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