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テーマ : 藤枝市

畏怖、感謝の念 創作促す-インタビュー 環境民俗学者の八木洋行さん【竜と生きる 辰年2024⑤完)】

 静岡県内各地に残る竜伝説。信仰の背景と特徴について、地域伝承に詳しい環境民俗学者の八木洋行さん(75)=藤枝市=に聞いた。

八木洋行さん
八木洋行さん

   ◇
 -国内で竜信仰が広まったきっかけは。
 「そもそも竜は中国で形成された架空の生き物。日本では脱皮や冬眠することから、ヘビが命の再生の象徴として信仰されていた。だから伝承には中国から“輸入”された竜と、日本独自のヘビ信仰がドッキングした竜蛇信仰が多い」
 -県内にはどんな伝説があるか。
 「県内最大級の竜は伊豆山神社の地底にいる。芦ノ湖が胴、箱根神社が尻尾と隣県をまたぐ大きさ。水をつかさどる竜の力で温泉が湧くといわれている。静岡浅間神社の楼門にある彫刻の竜は、神社と駿府城が火事になったときに抜け出して水を吸い、消火活動したとか。いずれも竜の言い伝えは水に関係している」
 -伝承や伝説はどのように分類されるか。
 「大きく二つ。一つは干拓型の伝承。例として岩水寺(浜松市)の伝説が挙げられる。農耕や建築など人間が生活する土地を確保するためには川や池の工事は欠かせない。自然に形成された地形を人間が変化させるのだから、その理屈を付けられるような物語が必要だったのだろう。もう一つは水の恵みに感謝する崇拝型。土地があることはもちろん大切だけど、やっぱり人間が生きていくには水がなくちゃいけない。人は水が湧く場所に神秘を感じ、ヌシのすむ環境を美しく保とうとしたり、桜ケ池のお櫃(ひつ)納めのように感謝の奉納神事をしたりしてきた」
 -竜は芸術作品も多い。
 「静岡県は全国的に見ても竜を題材にした絵画や彫刻が多い。松崎町出身の左官の名工・入江長八(1815~89年)が残した鏝絵(こてえ)の竜や、龍潭寺(浜松市浜名区)の左甚五郎作といわれる竜の彫刻、石雲院(牧之原市)の竜門など県内だけでも傑作を挙げればきりがない。頻繁にアートの題材にされたのはそれだけ芸術家の心の中に竜蛇を信仰する血が脈々と流れていて、魅力的な竜に溺れていたからだと考えられる。だからこそ、現代を生きるわれわれも心のどこかで竜の存在を信じ、心奪われているのではないか」
 ―辰(たつ)年の今年はどんな年になりそうか。
 「目に見えない災害への恐怖と、恵みへの喜びを共有するために、人々は竜という象徴を作り出した。人間は竜を前に手を合わせることしかできない。元日の能登半島地震で被災した多くの人が今でも不安な日々を送っているが、南海トラフ地震が懸念される静岡県民にとってもひとごとではない。自然への畏怖から竜に祈りをささげる人々がさらに増えるのではないか」

 やぎ・ようこう 環境民俗学者。県内の伝承や民話を取り扱うSBSラジオの番組「すっとんしずおか昔話」(1989~2022年)の脚本も担当した。藤枝市生まれ、同市在住。
取材後記 架空の存在 信じる心は事実  地元に残る竜伝説を大切に守りつなぐ県民から話を聞かせてもらった。辰は干支(えと)で唯一、架空の生き物だが、彼らは信じていた。「竜神様は必ず私たちを見てくれている」と。
 伝説には干拓の口実や水難への警鐘など、先人の多様な思いが詰まっていた。竜と生きる人々のどこか誇らしげな語り口。伝説は住民の郷土愛や帰属意識を高める役割も担っていた。
 辰年の記者として企画を提案したが、伝説が記事になるか正直不安だった。新聞の使命は事実を伝えることだからだ。しかし、人々の信仰心は紛れもない事実だった。「大切なものは目に見えない」という言葉がある。竜伝説を守る人々から現代人が忘れかけた大切なものを教えてもらった。
 (社会部・鈴木志穂)
 

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