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「ラグビー不毛の地」から夢のW杯へ、ベールに包まれる日本初戦の相手・チリ

 9月8日に開幕するラグビーのワールドカップ(W杯)フランス大会。1次リーグD組の日本代表が10日の初戦で対戦するチリ代表は、情報が少なくベールに包まれた存在だ。過去に一度もW杯に出たことがないラグビー不毛の地だったが、近年急成長を遂げて米大陸でW杯常連のカナダ、米国を破る番狂わせを起こした。世界ランキングは参加20チームの中で最も低い22位(8月28日付)。前評判は高くないが、勝負強さは侮れない。(共同通信=田丸英生)

チリ初のプロチーム、セルクナムで練習する若手選手=2023年5月、サンティアゴ(共同)
チリ初のプロチーム、セルクナムで練習する若手選手=2023年5月、サンティアゴ(共同)
ナミビアとのテストマッチに臨むチリ代表のシグレン主将(右)とC・サーベドラ=2023年8月、チリ中部バルパライソ(チリ・ラグビー協会提供・共同)
ナミビアとのテストマッチに臨むチリ代表のシグレン主将(右)とC・サーベドラ=2023年8月、チリ中部バルパライソ(チリ・ラグビー協会提供・共同)
ナミビアとのテストマッチに臨むチリ代表のマルティン・シグレン主将=2023年8月、チリ中部バルパライソ(チリ・ラグビー協会提供・共同)
ナミビアとのテストマッチに臨むチリ代表のマルティン・シグレン主将=2023年8月、チリ中部バルパライソ(チリ・ラグビー協会提供・共同)
ナミビアとのテストマッチに臨むチリ代表のレモイネ監督=2023年8月、チリ中部バルパライソ(チリ・ラグビー協会提供・共同)
ナミビアとのテストマッチに臨むチリ代表のレモイネ監督=2023年8月、チリ中部バルパライソ(チリ・ラグビー協会提供・共同)
チリ・ラグビー協会のクリスティアン・ルドロフ会長=サンティアゴ郊外にある同協会のハイパフォーマンス・センター、2023年8月(チリ・ラグビー協会提供・共同)
チリ・ラグビー協会のクリスティアン・ルドロフ会長=サンティアゴ郊外にある同協会のハイパフォーマンス・センター、2023年8月(チリ・ラグビー協会提供・共同)
チリ初のプロチーム、セルクナムで練習する若手選手=2023年5月、サンティアゴ(共同)
チリ初のプロチーム、セルクナムで練習する若手選手=2023年5月、サンティアゴ(共同)
チリ初のプロチーム、セルクナムで練習する若手選手=2023年5月、サンティアゴ(共同)
ナミビアとのテストマッチに臨むチリ代表のシグレン主将(右)とC・サーベドラ=2023年8月、チリ中部バルパライソ(チリ・ラグビー協会提供・共同)
ナミビアとのテストマッチに臨むチリ代表のマルティン・シグレン主将=2023年8月、チリ中部バルパライソ(チリ・ラグビー協会提供・共同)
ナミビアとのテストマッチに臨むチリ代表のレモイネ監督=2023年8月、チリ中部バルパライソ(チリ・ラグビー協会提供・共同)
チリ・ラグビー協会のクリスティアン・ルドロフ会長=サンティアゴ郊外にある同協会のハイパフォーマンス・センター、2023年8月(チリ・ラグビー協会提供・共同)
チリ初のプロチーム、セルクナムで練習する若手選手=2023年5月、サンティアゴ(共同)

 ▽劇的勝利でW杯の扉開く
 昨年7月、W杯行きの切符を懸けた米大陸第2代表決定プレーオフは劇的な幕切れとなった。ホームでの第1戦を21―22で落として迎えた敵地での第2戦。前半途中で0―19とリードされ、2戦合計20点差を追う展開を強いられた。後半に盛り返して31―29と勝ち越したが、終了間際に痛恨の反則を取られる。決まれば再逆転のPGを相手が蹴る準備をし、万事休すかと思われた。
 その時、大画面にリプレーが映し出されて事態が一変する。チリのフランカー、マルティン・シグレン主将が密集で相手選手から反則を受けていた様子が分かると、会場内もざわつき始めた。
 当初は反則に気づかなかったというシグレンは、映像を見て必死に主審に訴えた。
 「PGを蹴られないようにキッカーの前に立ち、(ビデオ判定の)TMOで確認するよう要求し続けた。最初は聞いてもらえなかったが、見れば明らかだったので判定が覆るという自信はあった。もし映像がなければどうなっていたか分からないので、目の前のスクリーンで流してもらえたのは幸運だった」。
 リプレー検証の結果ペナルティーは取り消され、2戦合計52―51という大接戦をものにして新たな歴史を刻んだ。
 ▽アマチュア脱却し、プロ化へ意識改革
 W杯初出場という壮大な目標を掲げ、改革を本格的に推し進めたのがチリ・ラグビー協会のクリスティアン・ルドロフ会長だ。元国際審判という経歴を持つ会長は、前職でエンジニアとして2007年から16年まで上海に駐在。その時期に審判としても活動し、日本や香港で行われた7人制の国際大会で笛を吹いたこともある。
 世界の潮流を肌で感じ「ニュージーランド、南アフリカ、フランスといった伝統国からドイツやスウェーデン、北米やアフリカといった国・地域のラグビー関係者と親しくなれたことが大きな財産となった。いつかチリに戻ったら取り入れたいと思うようなアイデアをたくさん学ぶことができた」。
 帰国後すぐに協会に携わってさまざまな構想の具現化に動き始め、その柱として代表チームの強化に取り組んだ。
 18年、元ウルグアイ代表プロップで同国代表の監督も務めたパブロ・レモイネ氏を監督に招聘。アマチュア体質の脱却を図ってプロ化にかじを切り始めた。
 ルドロフ会長は「レモイネ監督はチリと似たラグビー文化を持つウルグアイで同じようなプロジェクトを成功させた実績があった。問題は選手たちの意識を変えること。プロとはお金をもらうだけでなく、ラグビーに全てを懸けるということを理解させるのが大変だった」と当時の状況を説明する。
 ロックとして長く代表でプレーする30歳のアウグスト・サルミエントは、かつて大学で法律を学びながら競技に打ち込んでいた。
 「25歳まではW杯どころか、プロとしてプレーすることすら考えたことがなかった。ラグビーは趣味の延長線上。代表活動があっても招集されたメンバーの半分しか練習に集まらず、残りの半分は休暇など所用を優先していた時期もあった」。
 そんなアマチュア集団が27年W杯出場という長期的な目標を定め、レモイネ監督に厳しく鍛え上げられた。
 ▽どん底でも夢を信じて
 19年、新体制で初めて臨んだ国際大会の米大陸選手権。17、18年大会と5戦全敗に終わったチームの立て直しを期待されたが、一つも勝てず5連敗に終わった。そんなどん底の状況からはい上がるには、地道に練習するしかなかったとシグレン主将は言う。
 「午前6時半から8時半まで朝練をしてから、それぞれが学業や仕事に向かう生活を送っていた。まだ報酬を得ていなかったし、ピッチやロッカールームも整備されていなかった。そんな劣悪な環境でいくら厳しい練習を重ねても、試合で大敗し続けるのは精神的にきつかった。そこで諦めてやめる選手もいたが、歯を食いしばって夢を信じた選手だけが残った」
 同年に国内初のプロチーム「セルクナム」が創設され、有力選手を同じクラブに集めて1年を通して練習できる枠組みができたことも代表チームの強化を後押しした。
 20年10月、南米4カ国による大会に出場。翌年のW杯予選で当たるブラジルとウルグアイを倒し「正しい方向に進んでいることが証明されたのは非常に大きかった」。ルドロフ会長が言うように、この大会がチームにとって一つのターニングポイントになった。
 21年に始まったW杯予選ではブラジル、ウルグアイと対戦して1勝1敗。米大陸第1代表決定戦には進めなかったが、第2代表決定プレーオフの出場権を懸けたカナダ戦を2戦合計54―46で勝利。翌年7月の米国とのプレーオフを制し「2027年」をターゲットに据えていたW杯出場の夢を前倒しでかなえた。
 19年の米大陸選手権ではカナダに0―56、米国に8―71で大敗していた。歯が立たなかった相手にわずか数年で雪辱。シグレン主将は「彼らは楽に勝った過去のイメージが残っていたのだろう。それがわれわれに有利に働いた」と精神面の差を勝因に挙げた。
 ▽未来へつながる大舞台
 サッカーが圧倒的な人気を誇るチリで、シグレンら多くのラグビー選手は英国式教育を施す私立校で競技と出会う。エリート層のスポーツとしてみられて一般的な認知度は低い。大手スポーツ専門局ESPNのマリオ・サバグ記者はW杯をフランスで現地取材する記者の数は「片手で数えられるほどではないか」と予想する。
 一方でサッカーのチリ代表が昨年のW杯カタール大会出場を逃したこともあり、ラグビーで初めてW杯に挑むチームを応援する機運の高まりも感じるという。
 大観衆の前でプレーするのはW杯フランス大会が初めてとなる。4年前のW杯日本大会は一ファンとして地球の裏側からテレビで観戦していたというシグレン主将は「次の大会に自分が出るなんて想像もしていなかった」と笑う。
 日本との初戦は3万人以上を収容するトゥールーズのスタジアムで行われる。「未知の世界に足を踏み入れるので、どう感じるか正直イメージできない。何も分からないからこそ、冷静でいられるかもしれない」と想像を膨らませる。
 新参者として臨むW杯で重要なのは結果だけではないと、ルドロフ会長は説く。
 「もちろんサプライズを起こせれば素晴らしいが、現実的にはW杯後に進むべき次のステップのことを考えている。1次リーグD組の4試合で競争力の高さを示すことができれば、例えば日本と定期的にテストマッチを行うことを提案できるかもしれない。長年お手本にしてきた隣国のアルゼンチンだけでなく、イングランドやサモアともいい関係を構築できるかもしれない」。
 さまざまな思いを背負って踏み出す第一歩の先には、未来への大きな可能性が広がっている。

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