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テーマ : 熱海市

助かったはずの命 迷いと混乱の果てに…【残土の闇 警告・伊豆山㉓/第4章 運命の7・3⑤完】

 熱海市伊豆山の逢初(あいぞめ)川源頭部に端を発した黒い土砂の波は、集落を襲い続けた。伊豆山が阿鼻(あび)叫喚の現場と化す中、市役所には親族や知人の安否を気遣う問い合わせが全国から殺到していた。だが、現地の被害情報は断片的にしか入らず、対応した職員は「調査中です」としか答えられない。混乱と焦りの中で時間だけが無情に過ぎ、被害はさらに拡大していった。

国道135号を埋め尽くす土砂。発生から1時間半以上が経過していたが、住民は避難していなかった=2021年7月3日午後0時15分ごろ、熱海市伊豆山
国道135号を埋め尽くす土砂。発生から1時間半以上が経過していたが、住民は避難していなかった=2021年7月3日午後0時15分ごろ、熱海市伊豆山

 発生の第1報から1時間半が経過した正午ごろ、斉藤栄市長は、川勝平太知事を通じて自衛隊に派遣要請をした。既に土砂は起点から約1・7キロ離れた国道135号にまで達し、逢初橋のたもとの住宅を破壊。住人の女性が亡くなった。
 国道から山側の状況は見えず、沿線のほとんどの住民は避難していなかった。間もなく、土砂は国道を埋め尽くし、熱海の南北往来を寸断した。この時、土砂の正体が長年放置されていたあの盛り土だったとは、住民はおろか、市職員でさえ認識していなかった。
 現場は二次災害の恐れがあり、捜索も被害状況の把握もままならなかった。その夜、斉藤市長は記者会見を開き、約20人の安否が不明だと発表した。しかし、この数字に確たる根拠はなかった。報道陣からは、発災前に避難指示を出していなかった市の判断をただす質問が相次いだ。
 「昼間に一定量の雨量があったが、回復に向かうという予報があり、総合的に判断した。避難指示を出す基準は設けていない」。斉藤市長はそう繰り返した。しかし、後にこうも語っている。「避難指示を出さなかった判断には、じくじたる思いがある。一方で(避難指示の)空振りが多くなると、住民へのメッセージが成立しなくなる。非常に悩ましい判断だった」
 被災地から約230キロ離れた岐阜県大垣市-。土石流のニュースを見た臼井博彦さん(64)は、居ても立ってもいられなかった。伊豆山で1人暮らしをしていた長女直子さん=当時(38)=の住むアパートが、土砂の大波にのみ込まれていく様子が映っていた。すぐに市役所に問い合わせたが、「何を聞いても『分からない』という反応。現場が混乱しているのは理解していたが、あまりにしゃくし定規な対応に怒りを感じた」。
 直子さんは聴力が弱かった。「土石流に気付かず逃げ遅れたかもしれない」。絶望的な気持ちに支配されていく自分と闘いながら、現地で1週間、直子さんの情報を探し続けた。しかしわずかな手掛かりも見つからなかった。
 数日後、直子さんは自宅付近の土砂の中からリュックを背負った状態で発見された。懐中電灯、はさみ、スリッパ-。泥だらけのリュックには避難用具が詰まっていた。娘は必死に逃げようとしていた。でも間に合わなかった。「なぜもっと早く避難情報を出してくれなかったのか。なぜ危険な盛り土があると知らせてくれなかったのか。この責任は誰にあるのか」。疑問と悔恨が晴れぬまま、季節は再び巡ろうとしている。
 >土砂は神奈川から 規制緩く「捨て賃」に差【残土の闇 警告・伊豆山㉔/第5章 繰り返す人災①】

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