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「親族内」重要な意思疎通 袋井の伝統織物工房、娘に託す【事業承継 未来へのバトン②】

 静岡県事業承継・引継ぎ支援センターに寄せられる相談で、例年最も多い内容が親族内承継だ。経営者の子供など後継候補の目星が付いているだけに、順調に引き継ぎが進むと思われがちだが、当事者間の会話が不十分なことで承継がうまく進まないケースが散見される。中小企業白書によると、親族内承継を検討する企業で、後継候補に引き継ぎ意思を伝えている割合は約3割にとどまる。「わかっている」「伝えている」という意思疎通を欠いた“つもり”は、事業承継の大きな障壁となっている。

機織り機を操作しアバカ糸を加工する乗松浩美専務(左)と伊藤和美社長(右)=8月中旬、袋井市の「そま工房」
機織り機を操作しアバカ糸を加工する乗松浩美専務(左)と伊藤和美社長(右)=8月中旬、袋井市の「そま工房」

 カンカンカン-。機織り機に糸を送るシャトルの音が小気味良く工房内に響く。シャトル内で美しい輝きを放つ糸はフィリピン原産の天然繊維「アバカ」。バショウの幹から採れるその繊維はふすまや壁紙に使われ、最盛期には遠州横須賀地区に約15軒の加工工場があった。現在、国内で唯一残る袋井市の「そま工房」を2021年に承継した乗松浩美専務(43)は、事業に加え地域の歴史も次代に紡いでいる。
 同社は1969年に浩美さんの父、伊藤恵三会長(73)が創業。長女の浩美さんはアパレル会社に勤務し、出産を経て、家業を手伝い始めた。当初は継ぐつもりはなかったが、アパレル経験を生かして新作小物を作った際、地元の掛川みなみ商工会などから高い評価を受けた。自らの作品への自信とともに家業が築いてきた伝統の貴重さを再認識した。父が元気なうちに-。意思は固まった。
 浩美さんは同商工会が開く相談会に足しげく通い、将来性を不安視する恵三さんと話し合いを重ねた。専門家の助言を参考に、現業に加えて小物なども製作する新規事業の案を打ち出した上で、長らく業務に携わってきた義姉の伊藤和美さん(48)を社長、自身が専務になる体制を約半年かけて構築した。「父も承継を悩んでいたが、伝統を引き継ぐ使命を感じた」と親子間で繰り返した会話が地域産業の灯を残した。
 現場では伝統産業ならではの困難にも直面する。安定して生地を織るにはシャトル交換のタイミングが肝。機械の音や目視で判断するが、「私はまだ未熟」と謙虚に話す浩美さん。「将来的にはアバカを使った服を作りたい」。視線の先に新たな世界を見据える。

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