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テーマ : 長泉町

時論(1月23日)人生を変えた井上靖のことば

 17日発表の第170回直木賞に選ばれた万城目学さんの「八月の御所グラウンド」には、第2次大戦前の草薙球場(静岡市駿河区)が出てくる。時間や場所は明示されないが、日米野球で沢村栄治投手がベーブ・ルースらを相手に1失点で抑えたゲーム、といえば一つしかない。1934年11月20日。球場に2人の像が残る「あの」試合だ。
 昨夏の第169回直木賞では、島田市生まれの永井紗耶子さんの「木挽町のあだ討ち」が選出された。41年ぶりの“県勢”受賞は、本紙の2023年十大ニュースに選ばれた。
 第170回の候補6人に本県出身者はいなかったが、万城目さんは“準県勢”だ。週刊文春のコラムによると大卒後、県東部の「化学繊維メーカー」に2年3カ月勤務した。
 万城目さんと県東部の縁は「目指す作家」という切り口でも語れる。社会人時代に書いた生涯2作目は、沼津中(現沼津東高)を出た井上靖の「天平の甍[いらか]」を手本にしたという。「簡素にして遺漏なし」。万城目さんはエッセー集で文体に賛辞を贈っている。
 文学や作家は人の未来を左右する力がある。長泉町井上靖文学館で開催中の「わたしを変えた井上靖のことば」展は、そのことをテーマにしている。万城目さんをはじめ、俳優の有馬稲子さん、指揮者の小澤征爾さん、サッカー日本代表元監督の岡田武史さんら、時代や分野を超えた14人が、井上文学に自身の人生を重ね、原稿用紙につづった。
 万城目さんが寄せた「天平の甍」の逸話は青いインクで書かれている。もしや「ブルー・ブラック」のインクを愛用した井上への敬意を込めたのでは。静岡を媒介にした新旧作家の系譜を知ると、そんな深読みもしたくなる。
(教育文化部長兼論説委員・橋爪充)

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