テーマ : 袴田さん「再審」 最後の砦

「究極的には命の問題」【最後の砦 刑事司法と再審㉖第6章 遠き「黄金の橋」④福岡事件㊦】

 福岡事件の再審運動を姉とともに両親から引き継いだ古川龍樹さん(64)=熊本県玉名市=は、事件について「司法の問題が凝縮されているし、その悲劇も極まっている」と心底感じる。

国立ハンセン病資料館の館長も務める内田博文さん。「福岡事件は決して過去の問題ではない」と強調する=2月22日、東京都東村山市の同館
国立ハンセン病資料館の館長も務める内田博文さん。「福岡事件は決して過去の問題ではない」と強調する=2月22日、東京都東村山市の同館

 石井健治郎死刑囚が恩赦によって無期懲役に減刑された日、西武雄死刑囚の死刑は執行された。古川さんらは西さんの遺族を探し、説得し、2005年に第6次再審請求にこぎ着けた。しかし間もなく、請求人となった遺族が亡くなり、判断が示されることなく手続きは終了を余儀なくされた。現在は再審請求すらできない状況にある。
 古川さんの父、泰龍さんが開山した生命山シュバイツァー寺の名は、托鉢(たくはつ)中にノーベル平和賞受賞者アルベルト・シュバイツァー博士の遺髪を授かったことに由来する。
 「平和を築くのに宗教の壁があってはいけない、という思いが父にはあった」と古川さん。父は生前、海外での世界宗教者平和の祈りの集いに何度も赴いた。ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世とは三度面会。古川さん自身も「究極的には人の命をどう考えるか」が事件の問いかける本質だと思う。
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 再審法は、再審を請求できる者の筆頭に検察官を掲げている。だが、冤罪(えんざい)を訴える人のために積極的に請求することは期待できないのが現実だ。刑事法が専門の内田博文九州大名誉教授は、拷問などが指摘される福岡事件を踏まえ、再審請求権者の拡大に加え、憲法違反を理由とする再審も認められるようにするべきだと主張する。
 内田さんは、日本の再審制度を「自立救済型」と呼ぶ。新証拠を再審請求人が自ら集める必要があるものの「時間がたつほど見つからなくなり、再審が難しくなる」と解説。一方、海外の多くは「国家救済型」だとする。イギリスでは、政府から独立した強力な権限を持つ委員会が申し立てを受けて調査する。「冤罪被害者に負担をかけずに救済するようになっている」
 「哲学の違い」があるという。「諸外国では誤判の原因は被告にはなく、国が過ちを犯したと考える。だから、国の責任で救済しようとする」。刑事司法への信頼をどう獲得するか、とも重なる。「諸外国は誤りを率先して是正することで信頼されると思うのに対して、日本には過ちを認めると信頼が損なわれるという意識がある」と読み解く。
 ゆえに、日本では誤判が明らかになっても国は検証したがらない、と内田さんは言う。「過ちは国家の責任で是正するという哲学の裏付けがないと、仮に再審法を改正しても生きてこない。単に条文を変えるだけはなく、誤りを検証・分析し、再発を防止するシステムを作らないといけない」。具体案として、独立性を担保した第三者の検証組織を国会の法務委員会に設置することを提言する。
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 再審を求め、わらじを履いて全国を行脚した古川さんの父、泰龍さんはこんな言葉を残している。〈無実で死刑にならない世の中を 私は信じたい 証明したい でなければ 私は救われない 生きられない 私はわらじがぬがれない〉
 今年は西さんの五十回忌を迎える。古川さんは「関係者が亡くなり、資料も失われれば、すぐに忘れられてしまう」と憂う。父が願った、たった一人の命を守れる社会。その実現を目指し、国内の現状に絶望感を抱くからこそ、むしろ世界に訴えていこうと考える。

 <メモ>再審法によると、有罪判決を受けた者が死亡した場合に再審請求できるのは、配偶者と直系の親族、兄弟姉妹。世間の目を気にしてためらう遺族が多いほか、請求審の長期化で遺族も高齢化していく問題がある。1月に最高裁が再審を認めない決定をした「名張毒ぶどう酒事件」では、獄死した奥西勝元死刑囚に代わって再審請求した妹も90歳を超えている。日本弁護士連合会は弁護士会に請求権を与えるよう求める。

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