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人気日本酒「獺祭」の米国版が登場、会長の評価はまさかの「辛口」 フルーティーな味わいでも「なんとか及第点」目指すは本家超え

 国内外で人気が高い日本酒「獺祭(だっさい)」を手がける旭酒造(山口県岩国市)が初めての海外生産拠点を米ニューヨーク州で開業し、現地生産品「ダッサイブルー」がニューヨークの小売店と飲食店で9月25日に売り出された。筆者はフルーティーな味わいのダッサイブルーを早速試飲し、3代目蔵元の桜井博志会長に評価を尋ねた。すると、獺祭のほのかに甘い口当たりからは想像できないような「辛口」のコメントが返ってきた。(共同通信ワシントン支局 大塚圭一郎)

旭酒造がニューヨーク蔵で造った清酒「ダッサイブルー タイプ50」
旭酒造がニューヨーク蔵で造った清酒「ダッサイブルー タイプ50」
旭酒造の桜井博志会長=9月23日、米ニューヨーク州ハイドパーク市
旭酒造の桜井博志会長=9月23日、米ニューヨーク州ハイドパーク市
旭酒造の桜井一宏社長=9月23日、米ニューヨーク州ハイドパーク市
旭酒造の桜井一宏社長=9月23日、米ニューヨーク州ハイドパーク市
旭酒造ニューヨーク蔵の開業パーティーで提供された宮崎県産キャビア=9月23日、米ニューヨーク州ハイドパーク市
旭酒造ニューヨーク蔵の開業パーティーで提供された宮崎県産キャビア=9月23日、米ニューヨーク州ハイドパーク市
旭酒造ニューヨーク蔵の開業パーティーで提供された本マグロのすし=9月23日、米ニューヨーク州ハイドパーク市
旭酒造ニューヨーク蔵の開業パーティーで提供された本マグロのすし=9月23日、米ニューヨーク州ハイドパーク市
日本酒「獺祭 磨き二割三分」を気前よく注いでくれたスタッフ=9月23日、米ニューヨーク州ハイドパーク市
日本酒「獺祭 磨き二割三分」を気前よく注いでくれたスタッフ=9月23日、米ニューヨーク州ハイドパーク市
旭酒造ニューヨーク蔵のダッサイブルー酒蔵(奥)。手前左は桜井一宏社長=2022年10月、米ニューヨーク州ハイドパーク市
旭酒造ニューヨーク蔵のダッサイブルー酒蔵(奥)。手前左は桜井一宏社長=2022年10月、米ニューヨーク州ハイドパーク市
旭酒造ニューヨーク蔵の精米所=2022年10月、米ニューヨーク州ハイドパーク市
旭酒造ニューヨーク蔵の精米所=2022年10月、米ニューヨーク州ハイドパーク市
旭酒造がニューヨーク蔵で造った清酒「ダッサイブルー タイプ50」
旭酒造の桜井博志会長=9月23日、米ニューヨーク州ハイドパーク市
旭酒造の桜井一宏社長=9月23日、米ニューヨーク州ハイドパーク市
旭酒造ニューヨーク蔵の開業パーティーで提供された宮崎県産キャビア=9月23日、米ニューヨーク州ハイドパーク市
旭酒造ニューヨーク蔵の開業パーティーで提供された本マグロのすし=9月23日、米ニューヨーク州ハイドパーク市
日本酒「獺祭 磨き二割三分」を気前よく注いでくれたスタッフ=9月23日、米ニューヨーク州ハイドパーク市
旭酒造ニューヨーク蔵のダッサイブルー酒蔵(奥)。手前左は桜井一宏社長=2022年10月、米ニューヨーク州ハイドパーク市
旭酒造ニューヨーク蔵の精米所=2022年10月、米ニューヨーク州ハイドパーク市

 ▽年間売上高の半分をかけたプロジェクト
 ダッサイブルーは、旭酒造が米国で造る清酒(SAKE)のブランド。名前に青を意味する「ブルー」が付くのは、ことわざの「青は藍より出でて藍より青し」に由来し、獺祭を超える商品に育てるとの思いを込めたためだ。
 旭酒造がニューヨーク州ハイドパーク市に設けた生産拠点「ニューヨーク蔵」は、中心部マンハッタンの北約110キロのハドソン川近くにある。蔵の立ち上げのために米国に住んで陣頭指揮をしている桜井会長によると、「約85億円かかった」という。旭酒造の過去最高となった2022年9月期の年間売上高、165億円弱のほぼ半分を占める命運をかけたプロジェクトだ。
 敷地の広さは約6万2千平方メートルと阪神甲子園球場の約1・6個分で、中心となるのが和風の設計にした「ダッサイブルー酒蔵」(延べ床面積約5100平方メートル)だ。清酒を仕込むための日本メーカー製の5キロリットルタンクを52本導入しており、事前予約をすれば木曜日と金曜日にガラス越しに酒を造っている工程を見学できる。
 敷地内には杉板の表面を焼き焦がした焼杉の壁とスズの屋根でできた米蔵のような建物もある。これは酒米に使う山田錦を精米する機械を置く「精米所」だ。
 桜井会長が見学コースにはない“隠れた豪華施設”だと強調するのが「10億円ほどかけた」という排水処理設備だ。排水設備の検査担当者が「どれだけ排水設備を見てきたのか分からないほどだが、このようなすごいのは見たことがない」と目を丸くしたという。ハイドパーク市は「マンハッタンに水道水を供給する源流に近い水質の良い地域」(地元住民)とされる。水質を悪化させないよう、洗米後の水も排水設備で浄化してから流す。
 ▽ダッサイブルーのお味は…
 9月23日にニューヨーク蔵で開かれた開業パーティーは出席者が約450人に上り、森美樹夫ニューヨーク総領事や、人気漫画「課長 島耕作」の作者で獺祭をテーマにした「漫画『獺祭』の挑戦」を手がけた弘兼憲史さんの姿もあった。
 建設中だった昨年秋に取材した筆者も祝意をお伝えすると共に、ダッサイブルーを真っ先に味わいたいという下心もあって駐在している首都ワシントンから駆けつけた。このパーティーに出席するために地球の反対側の日本から総勢約150人の酒造業界関係者らが訪れたそうで、同じ米国の東部に住む筆者はさながら「ご近所散歩」のようなものだ。
 「ダッサイブルー ローンチ(開業)パーティー」と記された青色の紙ナプキンとともにワイングラスで振る舞われたのが、ダッサイブルーの最初の商品「タイプ50」だ。玄米を表層部から削り、残った部分の割合を指す精米歩合が50%の純米大吟醸で、獺祭と同じく米と米麹(こめこうじ)、水だけを原料としている。
 無色透明な清酒からは華やかな香りが漂い、口に運ぶとフルーティーでほのかに甘い味わいが広がってまるで白ワインのように一瞬錯覚する。
 そんな果実をイメージさせる香りとやわらかな口当たりは、日本酒がそれほど親しまれていない地域も含めて30を超える国・地域で販売されている獺祭の持ち味だ。その特色はダッサイブルーでもしっかりと受け継がれていた。
 今回の「タイプ50」は、720ミリリットル入りで34・99ドル(約5200円)。全て日本産の山田錦を使って醸造したが、旭酒造は「今年秋に収穫される(米南部)アーカンソー州産の山田錦が届き次第、来年からは部分的に使う予定だ」と説明している。
 ▽“マリアージュの名手”
 これは筆者の個人的見解だが、獺祭は一緒に味わう料理のうまみを引き立てる“マリアージュの名手”と呼ぶべき銘酒だと受け止めている。少しずつ杯を傾けながら焼き鳥やおでんなどと一緒に味わうと、「一見素朴な食材からこんな深い滋味が出てくるとは」と驚かされる。
 当然ながら旭酒造もさまざまな料理と合う獺祭の強みを熟知しており、会場ではジャパンキャビア(宮崎市)の宮崎県産キャビア、フォアグラといった高級食材が提供され、新鮮なマグロをその場でさばいたマグロ巻きも振る舞われた。料理の味を邪魔することなく美味を引き出してくれる性質はダッサイブルーも同じで、普段はなかなかお目にかかれない高級食材に浮かれる気分を一段と高めてくれた。
 すると、飲み物コーナーに、山口県岩国市の旭酒造本社蔵で造られている精米歩合23%の主力商品「獺祭 磨き二割三分」があるのに気づいた。「どの飲み物がいいですか?」と尋ねてくれた米国人スタッフに「このお酒は日本でも高価でなかなか飲めないんだよね」と話しながら注文すると、「イエス、サー」とワイングラスいっぱいに注いで大盤振る舞いをしてくれた。
 ▽獺祭磨き二割三分との違いは
 飲み比べのために「獺祭 磨き二割三分」を口にすると、ダッサイブルーとは異なる点に気づいた。ふくよかな香りとほのかな甘みのある口当たりの良さは共通するものの、キレが良いため後口がすっきりとした清酒らしさを実感できたのだ。
 つまりダッサイブルーは白ワインのようなフルーティーな味わいの清酒なのに対し、磨き二割三分は白ワイン風の味でありながらも「やっぱり日本酒だ」と実感する奥行きを兼ね備えているのだ。
 もっとも、精米歩合が23%と、ダッサイブルーの50%と比べても玄米を格段に磨き込んでおり、米国で販売されている価格も2倍を超えるだけに同じ土俵で比較するのは酷かもしれない。ダッサイブルーもよくできた清酒で、桜井会長に「期待していた以上の味でした」と率直な感想を伝えると予想外の反応が返ってきた。
 ▽三度目の正直ならぬ…
 桜井会長は「日本の機械と造り方を(持ち込んで味を)そのまま体現しようとしているが、やはり違う」とため息をつき、ダッサイブルーは「なんとか及第点の酒は造ったが、まだまだ日本の獺祭の後ろ姿は遠いなと思います」とお披露目の場とは思えないような手厳しい評価だった。筆者は「よくここまでできたと思いますよ」とフォローしたが、桜井会長は「あまりおだててはだめです」と謙虚な姿勢に徹した。
 関係者によると、ニューヨーク蔵で使っている水の硬度は本社蔵で使用する水の約4倍で、温度や湿度といった気象条件も異なるため、全く同じ造り方をした場合は獺祭とはおのずと異なる味わいに仕上がるという。
 桜井会長は「精米歩合23%で6回、精米歩合35%で1回仕込んだものの期待外れで、商品化できたのが(精米歩合50%の)8回目だった」と三度目の正直ならぬ“八度目の正直”だったことを打ち明けた。
 どのように改良できたのかを質問すると「当社は途中経過を徹底的にデータ化しているので、温度管理や水の入れ方、こうじの造り方を微修正してきた」と明かした。ニューヨーク蔵を軌道に乗せて納得できる酒を届けられるようにするために「あと2、3年は(米国に)いないといけないかもしれません」と笑みを浮かべ、商品を育てることの喜びをのぞかせた。
 ▽「日本酒はまだまだよそ者」
 旭酒造はダッサイブルーの精米歩合23%と35%の商品も追加する予定だ。桜井会長は容量750ミリリットルの販売価格が「23%が70ドル程度、35%は50ドル近辺になるだろう」との見通しを示した。容量が375ミリリットルの小瓶も2024年に追加する計画だ。
 販路をニューヨーク州以外の米国にも広げるほか、カナダなどへの輸出も検討している。10年以内には生産能力を年7千石(一升瓶で70万本分)に引き上げることを目指す。
 旭酒造がニューヨーク蔵を立ち上げて日本以外での販路拡大を急ぐ背景には、日本酒の国内出荷量が落ち込み、海外に軸足を移すことが待ったなしという厳しい事情がある。2021年度の日本酒の国内出荷量は39万9千キロリットルとなり、ピークだった1973年度(176万6千キロリットル)の4分の1未満に落ち込んだ。
 旭酒造は2022年9月期決算の輸出売上高が70億円と売上高全体の43%に達したが、桜井会長の長男で蔵元4代目の桜井一宏社長は「最終的には売り上げの9割近くが海外になるだろうと思っている」と展望する。
 ただ、有望市場と期待する米国でも2020年の清酒市場は4億200万ドル(約600億円)にとどまり、米国でのアルコール飲料全体に占めるシェアは0・2%に過ぎない。桜井社長は「米国人にとって日本酒はまだまだよそ者で、日本食のお供という域を脱していない」と危機感を抱く。ダッサイブルーを世界の流行の発信地となっているニューヨークの地酒に育て、「日本食以外にも踏み込んで新たな市場を開拓する」との方針を掲げる。
 獺祭の米国への輸出も続け、競わせることでダッサイブルーが「米国の環境で進化し、日本の獺祭を超えることを目指す」と桜井社長は意気込む。米国での酒造りのデータとノウハウを積み上げ、工夫を凝らすことでどのような味わいの清酒に磨かれていくのか楽しみだ。

いい茶0

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