テーマ : 牧之原市

静岡新聞社 第37回読者と報道委員会

 静岡新聞社の「読者と報道委員会」は11日、第37回会合を静岡市駿河区で開いた。議題は、牧之原市で昨年9月に発生した園バス置き去り事件をテーマにしたキャンペーン報道「届かぬ声」と、多角的な視点で茶産業の未来を展望した「令和の静岡茶」。富士川まちづくり株式会社代表取締役社長の伊藤高義委員、NPO法人クロスメディアしまだ事務局長の児玉絵美委員、静岡理工科大学長・静岡大電子工学研究所長の木村雅和委員の3氏が本紙側と意見交換した。

木村雅和委員
木村雅和委員
兒玉絵美委員
兒玉絵美委員
伊藤高義委員
伊藤高義委員
木村雅和委員
兒玉絵美委員
伊藤高義委員


キャンペーン報道 届かぬ声  木村委員 本質に迫る 綿密な展開/伊藤委員 保育の課題 検証続けて/児玉委員 築いた信頼 示した「質」
 編集局 2023年3月から6月まで掲載した連載の1章は、亡くなった河本千奈ちゃんの写真とともにご両親の思いを5回にわたって1面トップで詳報しました。千奈ちゃんの写真や両親の思いが社会に発信されるのは初めてでした。「読むのがつらい」という反応もありましたが、千奈ちゃんの生きた証しをしっかり描くプロセスは欠かせないと判断しました。

 木村委員 1章は読むのがつらくなるほどだった。ご両親のことを思うといたたまれない気持ちになる。連載と特集は置き去り事件の本質に迫ろうとするものだったと思う。連載はかなり綿密に展開されていて、1章は読者に人ごとではないと思ってもらうための重要な位置付けだったと感じた。
 児玉委員 4歳になる娘がいる。連載は泣きながら読んだ。多くの人が世代関係なく自分の身近な問題として捉えたと思う。記者が家族と信頼関係を築いて書いたからこそ、多くの人の共感が得られたのではないか。感情を揺さぶって終わりではなく、事件はなぜ起きたのかを2章以降で冷静に検証している。ニュースは手軽さではなく、質だと思う。新聞の価値はそこにあり、質こそ記者一人一人の存在価値と言い換えられると、この特集で改めて感じた。
 伊藤委員 悲しみを通り越して、憤りを覚えた。園バスに乗っていた6人全員がきちんと降りたかどうか確認できなかっただけでなく、千奈ちゃんの出欠確認もしていないというのは、まじめに仕事をしていたのかと疑ってしまう。小さな命が奪われたのは園の怠惰、怠慢の所作だと思われても仕方がない。紙面からは、何が起きたのか伝えなければいけないという使命感が感じられた。「届かぬ声」というタイトルにも引きつけられた。

 編集局 連載のもう一つの核となったのが、保育現場への綿密な取材です。300人を超える保育士や幼稚園教諭らにアンケートをして連載や特集に反映させました。保育現場の今を社会に伝える上でも貴重な調査になったと考えています。多くの人に見てほしいとの思いから、ウェブでの無料公開にも踏み切りました。

 児玉委員 事件の真実は瞬時に判明するものではなく、少しずつ見えてくるものだと思う。断片的な情報を地道に集めたり、アンケートを取ったりして保育現場の現状を丁寧に提示してもらった。現場に横たわるさまざまな課題や悩みを解決していかなければならないと問題提起したところに、大きな価値があった。ウェブは興味があるニュースが深掘りできる。毎朝届く新聞との役割の違いを上手に使い分けた。
 伊藤委員 保育業界はこんなに劣悪な環境なのかということを初めて知った。労働人口が減少し子育て中の夫婦も安心して働ける環境が求められる中、保育園や幼稚園には大事な機能や使命がある。にもかかわらず、他産業に比べ保育業界の賃金や休暇など待遇が劣るのは許されない。
 木村委員 連載やアンケート結果のウェブでの無料公開は、若い人に読んでもらう意味でもよい取り組みだ。国策で進められた待機児童解消の問題は、数の上ではかなり改善したと思うが、保育士不足や認定こども園での幼稚園部と保育園部との文化の違いなど、さまざまなリスクは増えているとも感じた。アンケートで「不適切保育はどこの園でも起きる」と回答した人が8割以上もいたのは驚き。理由や背景をもっと突き詰めてほしい。

 編集局 置き去り事件や保育の問題に関する取材はこれからも続けていきます。助言や注文をお聞かせください。事件直後から掲載してきた社説やコラムへのご意見もお願いします。

 伊藤委員 園の存廃に関することなど、園側の対応にご遺族が納得していない問題がある。園バスだけでなく、重大事故につながりかねないケースは全国各地で起きている。配置基準も長年変わっていない。引き続き検証していってほしい。社説は、読者が自分の考えを形成させていく上で参考になり大事だが、アカデミック(学術的)すぎて敬遠されがち。読ませる工夫は必要だ。
 木村委員 置き去りという通常では考えられない対応を許したのは、経営や監査のあり方などの問題も絡んでいる。行政は事件後、さまざまな不備を指摘しているが、事前に見抜けなかったのは行政にも責任がある。それができない難しさがあるとすれば、連載記事にあったように第三者機関を入れるのも一つ。ただ、監視ではなく、現場の人々に子どもの命を預かっている大事な仕事だと思ってもらえるような仕掛けが必要。そうしたことをより深く、提案してほしい。社説は丁寧に書かれていると思うが、もう少し踏み込んでもいい。
 児玉委員 連載に多くの人が共感したのは、記者の怒りや再発防止への思いが伝わってきたから。今後も記者の思いがこもった記事を読みたい。地方紙こそ接近戦でいろんな現場に近づける。そこに価値と可能性がある。期待と応援をしたい。社説は、具体的な再発防止策や事件が起きた背景が書かれていて、良かったと感じている。

連載 令和の静岡茶  児玉委員 物語想起する見せ方を/木村委員 若者ニーズ 突き詰めて/伊藤委員 好事例 作り手の勇気に
 編集局 2022年3月~23年2月の約1年間展開された「令和の静岡茶」は、生産量や消費の低迷が続く中で活路を見いだそうとする茶業者の挑戦を追いました。静岡新聞の看板の一つ「茶況」取材の伝統を引き継いで再生への希望を探り、記者の目は海外市場や歴史、文化と広がりました。

 児玉委員 各章とも現場の生の声を中心に構成され、リアルだった。多様な現場に足を運んだことで、広く興味を喚起する内容に仕上がった。日本の大切な食文化の一つである緑茶の発展に向け、静岡が中心となって他府県産地との連携を深める重要性を感じた。連載の題名については、茶業関係者以外に興味を持ってもらうための一工夫がほしい。茶農家の思いや気概を紡ぐ物語であることを想起できるようなタイトルだとより良かった。
 伊藤委員 ライフスタイルの変化や飲料の多様化といった流れの中で、ペットボトル飲料向けの茶葉の大量生産が求められており、その傾向にあらがうことはできない。一方、6次産業化で質重視の茶生産を手がける農家もいる。カテキンやアミノ酸の効能を伝え、消費者の健康志向に応えることが一番の需要拡大策と感じた。将来を担う子どもたちに向けた、学校現場での緑茶の活用も意義がある。
 木村委員 静岡茶の現状を描いた力作。各産地も詳細に描いていて、個々の農家の課題と日本全体の茶業の今後を深く考えさせられる内容だった。茶生産量で静岡に迫る鹿児島との競争よりも、農家が茶業を継続していくための方策の必要性を強く感じた。潜在的なニーズを洗い出して高付加価値製品を届けるために、記事中で触れた(消費者目線で従来の仕組みを見直す)「デザイン思考」が鍵となる。例えば、(1990年代半ば以降に生まれた)「Z世代」の多くは急須を使わないが、今後需要が広がる期待がある。それがどういう場面なのか、より突き詰めていけば深みが増したと思う。

 編集局 連載は終章で「次代への胎動」と題して静岡茶の今後を展望しました。最終回の末尾で、担当の平野慧記者は「日々の暮らしを彩る品として国内外に広まってほしい。本県が誇れる文化であり続けるには、どう未来図を描くか。茶業者や行政に限らず、静岡茶を愛する全ての人の発想にこそ、飛躍へのヒントがある」と記しました。皆さまから、今後の取材の手がかりとしてそのヒントをいただけたらと思います。

 木村委員 若い世代の需要をつかむために、どこにどのようなニーズがあるのかを深く考えていってほしい。例えば、山中のトンネルの中で寝かせて作る高級茶など、若者にも魅力が伝わるような個性的な商品開発が展開されている。SNSやインターネットを駆使してアピールする工夫は欠かせない。
 児玉委員 茶業の課題を商品、体系、なりわいの切り口で捉えていくと、読み手の裾野が広がっていくと思う。海外では緑茶の需要が伸びている。ただ、そういったニーズや有機栽培に向けた対策について、深く知らない農家も多い。新聞で丁寧に伝えることで、農家のやる気の喚起につながる。情報発信は、若い人の新規就農につながる期待もある。茶業の発展に向けた変化には時間がかかるが、産業の川上である茶生産者にスポットをあて、息の長い報道を展開していってほしい。茶業を取り巻く課題は他産業と共通する面がたくさんある。
 伊藤委員 茶どころ静岡は経済、県全体の産業構造の面でも茶業を大事にする必要がある。今後も、海外輸出や6次産業で活路を開く事業者のような好事例を発掘して伝えてほしい。収益性アップや販路開拓などのケースを紹介することで「まだやれる。がんばることができる」と勇気をもらう人たちがいる。読み手は消費の拡大につながる売り方や飲み方を知り、お茶の可能性を感じることもできる。

 きむら・まさかず 静岡理工科大学学長・静岡大学電子工学研究所所長。静岡大学副学長、同大イノベーション社会連携推進機構長、同大理事(研究・社会産学連携担当)等を歴任し2022年4月より現職。専門は電子工学、半導体工学。静岡市清水区出身、浜松市在住。

 こだま・えみ NPO法人クロスメディアしまだ事務局長。子どもの社会教育と商業活性をつなぐ「こどもわくワーク」など、多角的な視点での地域づくりを企画運営。「UNMANNED無人駅の芸術祭/大井川」主催。島田市出身、在住。

 いとう・たかよし 株式会社清水銀行代表取締役頭取、鈴与商事株式会社常勤監査役などを歴任。現在は富士川楽座および道の駅富士の管理運営を担う富士川まちづくり株式会社代表取締役社長。早稲田大学法学部卒。富士市出身、在住。

編集局から  ■社会部■ 車内への乳幼児の置き去り事件や事故は二度と起こしてはならない悲劇であるにもかかわらず、全国的に繰り返されている。ご遺族はもとより、報道する側にとってもこれほどつらいことはない。置き去りに限らないが、問題の本質や根本的な原因に迫り、紙面で広く深く問題提起する必要性を委員のご指摘で改めて強く感じた。不適切保育の問題も含め、保育士の待遇の改善が鍵を握っていることは明らかだ。しかし、国が保育士の処遇改善に本気になっているとは思えない。国や政治家が現場の保育士の生の声に誠実に耳を傾けていないからだろう。地元紙として今後も保育士をはじめ県内のさまざまな立場の「届かぬ声」に耳を澄まし紙面で伝えていきたい。

 ■経済部■ 経済報道は、規模や変動率に焦点を当てた記事に紙面を割くことが多い。近年の茶業統計を扱う際は、数値の退潮ぶりに「日本一の本県茶業は今後どうなる」と思考を働かせがちになる。今回の長期連載で担当記者は国内の主要産地を巡ってきた。どの現場も産地間や業者間で競い合う意識は薄まり、むしろ共存共栄型で難局を打開しようとする姿勢が強かった点に気付いたという。今後も茶産業の記事をお届けする上で、業界に寄り添った報道を一層心がけたい。日本茶の魅力を見つめ直し、新たな製品や戦略で国内外に消費を喚起していく茶業者の挑戦を丁寧に取り上げ、地場産業の持続可能性を高める方策をともに考えたい。

牧之原市の記事一覧

他の追っかけを読む
地域再生大賞