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運営法人と遺族に深い溝 追悼の日、日常の裏に癒えぬ傷痕【届かぬ声 子どもの現場は今 牧之原バス置き去り1年㊦】

 「おはようございます」-。9月上旬の朝、牧之原市の認定こども園「川崎幼稚園」。お父さんやお母さんと手をつないだり、抱きかかえられたりして登園した制服姿の園児たちが職員とあいさつを交わした。送迎バスに園児の河本千奈ちゃん=当時(3)=が置き去りにされて亡くなった悲劇から1年。同園には事件前と同じような光景が広がっていた。

川崎幼稚園の園舎の前に設置された献花台には5日を前に既に多くの飲み物や花束が添えられていた=3日、牧之原市静波
川崎幼稚園の園舎の前に設置された献花台には5日を前に既に多くの飲み物や花束が添えられていた=3日、牧之原市静波

 「今いる子どもたちには何の罪もないんだけど…」
 保護者の一人は複雑な心境を明かした。「暑い日は特に千奈ちゃんのことを考えてしまう。忘れてはいけないこと」と話す一方、周囲の視線が気になるようになったという。園児の楽しみの一つである園外活動も思うように実施できていない現状が続く。
 榛原学園によると、事件前に168人いた園児は現在、110人に減少した。事件後には少なくない職員が園を離れ、関係者によると、事件に対する責任から保育の道に戻らない決断をした職員もいるという。朝の光景は日常を取り戻したように見えても、事件の影響は色濃く残る。
 送迎バスは事件以来、保護者からの要望がないとして無期限での休止が続き、事件後に策定した登降園の確認体制をこれまでに複数回にわたり見直してきた。榛原学園の増田多朗理事長は理事長就任を園の安全が確保されるまでの暫定的な方針だと保護者説明会で説明していたが、公の場に立ち自らの認識や園の現状を発信することは長らくしてこなかった。牧之原市の杉本基久雄市長は8月30日の定例記者会見で「外向けに説明責任を果たさなければ安全ではないと思われても仕方がない」として法人の姿勢を厳しく批判した。
 4日、約1年ぶりに報道陣の前に姿を見せた増田理事長は「遺族の悲痛な思いは理解している」とした一方、入園希望者がいるとして、園を継続する方針を示した。川崎幼稚園の廃園や新しい法人による運営を求めている遺族とは依然として深い溝がある。
     ◇ 
 事件からちょうど1年を迎える前の日曜日。川崎幼稚園の園舎前には再び献花台が設置されていた。5日の命日を前に、訪れた人々が花束や飲み物を供えた。
 「千奈ちゃんのことは決して忘れません」
 バスの中でたった一人で亡くなっていった千奈ちゃんを悼み続ける多くのメッセージとともに。
 (「届かぬ声」取材班)

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