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社説(9月5日)バス置き去り1年 命預かる重さ再認識を

 牧之原市の認定こども園「川崎幼稚園」で園児の河本千奈ちゃん=当時(3)=が送迎バスに置き去りにされて死亡した事件は、5日で発生から1年。この間、保育現場の安全管理や労働環境に関する多くの問題点が全国的に指摘され、一部は改善に動き出したが、緒に就いたばかりだ。現場の関係者や環境整備にかかわる行政は、改めて「命を預かっている」重さを強く胸に刻まなければならない。
 「保育の現場では保育士が日々綱渡りのように努力して子どもを危険から守っている」。先月末、国の保育士配置基準では子どもの安全が守れないとして、浜松市議会に独自の基準設定を求めて陳情した市内保育関係者団体の会長の言葉は重たい。
 国のまとめで昨年、全国の保育所や幼稚園、認定こども園で起きた子どもがけがなどをする事故は2461件で過去最多。うち死亡した事案は牧之原市を含め5件だった。
 事故が増加した背景として、保育現場の人手不足が指摘されている。政府は「次元の異なる少子化対策」で保育士の配置を手厚くする方針を決定しているが、配置基準そのものは改定せず、基準以上の配置をした施設に運営費を加算して支給する方向だ。施設任せでは限界がある。根本策としての配置基準見直しが不可欠だ。
 政府が作成した命の危険につながりかねない保育現場の「ヒヤリ・ハット」100件の事例集でも、子どもの置き去りや抜け出しの報告が多く盛り込まれている。保育士の目が届きにくい「死角」を減らす取り組みも欠かせない。
 通園バスの安全装置を提供する企業が7月に発表した調査結果によると、小学生以下の子どもを乗せている全国の運転手の20・4%が「1年以内に子どもを残したまま車を離れたことがある」と回答した。昨年の前回調査からほぼ横ばいの割合で、改善が進まない状況が浮かぶ。子どもにめまいや顔のほてり、頭痛などの症状が出たケースもあるという。
 牧之原市の事件を機に、国は4月から幼稚園やこども園などで、送迎バスへの安全装置設置を義務付けた。1年間の経過措置が設けられてはいるが、国の点検結果によると、6月末時点の設置率は全国で55・1%、県内で62・8%にとどまる。安全装置については国の費用補助もある。各園はできる限り早期に設置すべきだ。同時に、人の目による確認が第一との意識を徹底する必要がある。
 親が働いているかどうかを問わずに子どもを預けることができる点などを強調し、国は財政支援を手厚くして幼稚園と保育園の機能を併せ持ったこども園を拡充してきた。全国で急増し、県内でも14年度に23施設だったこども園は22年度に341施設と約15倍になった。川崎幼稚園も15年度、認定こども園に移行した。
 こうした中、幼保の文化や慣習の違いを整理できないと対応が曖昧になりかねない。園児の欠席理由の把握もその一つで、教育機関に位置付けられる幼稚園は出欠確認も含めて厳格だが、福祉施設である保育園には保護者の就労状況に応じて保育が必要な園児を預かるとの認識があるという。幼保の文化が交ざり合う中で、幼児部でも欠席理由の把握が無意識に曖昧になっていた可能性を指摘する関係者もいる。出欠確認が徹底されなかった千奈ちゃんは幼児部の園児だった。二つの違う文化が混在する状況の検証と対応は急務だ。
 事件を巡っては、昨年12月、当日バスを運転していた前理事長兼園長や同乗していた元派遣職員ら4人が業務上過失致死容疑で書類送検された。第三者による検証委員会の報告書の完成は、当初目標の9月より遅れることが確実になっている。全ての出発点は「この園で何が起きていたのか」だ。再発防止の本質に迫る、踏み込んだ内容にしなければならない。

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