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CMで出合った「謎の職業」 強く印象に 戦場カメラマン(富士市出身)/渡部陽一【あのころの私⑤】

 ロシアによるウクライナ侵攻は長期化し、イスラエルとパレスチナ自治区を実効支配するイスラム組織ハマスの軍事衝突は激しさを増している。今、この瞬間にも各地で起きている紛争地帯の最前線に赴き、現地の状況を伝える戦場カメラマンの渡部陽一さん(51)=富士市出身=。世界の実情を伝えるという意志と、過酷な状況においても冷静に判断する力は、富士市で過ごした子ども時代に培われたという。

「好きなことを続けていると世界につながる」と話す渡部陽一さん=9月、都内
「好きなことを続けていると世界につながる」と話す渡部陽一さん=9月、都内
小学生の時の渡部陽一さん。中学まで続けた剣道から礼節や冷静な判断力を身に付けたという
小学生の時の渡部陽一さん。中学まで続けた剣道から礼節や冷静な判断力を身に付けたという
渡部陽一(名前は自著)
渡部陽一(名前は自著)
「好きなことを続けていると世界につながる」と話す渡部陽一さん=9月、都内
小学生の時の渡部陽一さん。中学まで続けた剣道から礼節や冷静な判断力を身に付けたという
渡部陽一(名前は自著)


 戦場をメインとしたフォトジャーナリストを具体的に目指すようになったのは大学の授業がきっかけですが、海外やジャーナリストという職業を意識し始めたのは、中学から高校にかけてだったと思います。
 当時、ジャーナリストの落合信彦さんが油田や遺跡などを巡り、最後にビールをごくりと飲むテレビコマーシャルが放送されていました。映像の中で落合さんの肩書が「国際ジャーナリスト」と紹介されていたのです。国際? ジャーナリスト? 田子の浦港で魚釣りばかりしていた自分にとっては落合さんの姿がとてもかっこよく写った一方、「国際ジャーナリスト」という言葉が示す仕事内容が分からず、謎の職業として強く印象に残りました。

 富士高に進学し、2年生になった時。現代文の先生から「将来の職業」について400字でまとめる宿題が出されました。何を書こうかと考えていて、頭に浮かんだのがあのコマーシャルでした。小学生の頃からずっと見ていたテレビ番組「なるほど!ザ・ワールド」で、リポーターの後ろに映る現地の人々や飛び交う言葉、衣装、建物などから漠然と海外に興味を持っていました。コマーシャルの映像と同じように、火がボンボンと立ち上る油田を取材し、命からがら帰国する―という内容の作文を提出しました。
 すると、先生から「よく書けている」と、本をいただきました。先生は、生徒の立場から見ても相当いろんな本を読んでいて「根っからの文学少女」という感じがしました。授業はご自身の経験や感性がちりばめられていて熱があり、とても面白かったのです。また文章の書き方も、起承転結を意識しすぎることなく、第1段落に結論をまとめるという一つの方法を教えてくれました。短い文章にロマンを込めるための、今までと違う方法は新鮮でした。そんな先生から褒めてもらったことが、進路の後押しになりました。

 これまでに130を超える国・地域で取材をしました。言葉も生活習慣も違う人たちの中に飛び込んでいく時、歴史が目の前で崩れていく様子や人の死を目の当たりにする時、小学1年から中学3年まで続けた剣道が平常心を保たせてくれます。相手に敬意を払いながら、自分自身をコントロールし、一歩を踏み込むという剣道の精神は、戦地での立ち振る舞いや判断の根っこにあります。稽古は厳しくて泣きながら取り組んでいましたし、私は話し方も行動もゆっくりなので、剣の道を究めることはできませんでしたが、長く続けたことで体に染みついたのだと思います。
 厳しい環境に身を置いた時、富士市で過ごした何げない日々や家族との思い出は温かな気持ちを思い起こさせ、必ず生きて帰るという自分への戒めになります。
 私には中学生の息子がいます。子どもの時の経験はどんなことでも体に残り、人生に影響を与えるものだと実感しているので、わが家はやりたいこと、食べたいもの、行きたい場所があれば、どんどん挑戦しようという生活の柱があります。好きなことには無限のパワーが湧き、続けていけば自信になり、やがてさまざまな道が開けていきます。日本のどこにいても、日常生活の中に世界につながるきっかけもちりばめられています。
 (聞き手=教育文化部・鈴木明芽)

 わたなべ・よういち 1972年、富士市生まれ。明治学院大在学時にアフリカ・コンゴの熱帯雨林に住む狩猟採集民族ムブティ族に関心を持ち、渡った現地で少年兵に襲撃された経験をきっかけに紛争地域での取材を始める。これまでにルワンダやソマリア、アフガニスタンなどの様子を伝えた。2011年に初代富士市観光親善大使に任命された。このほど、ウクライナやイラクでの取材を基に、戦場における日常と平和のあり方をつづった「晴れ、そしてミサイル」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を出版した。

 

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