あなたの静岡新聞
▶ 新聞購読者向けサービス「静岡新聞DIGITAL」のご案内
あなたの静岡新聞とは?
有料プラン

テーマ : 焼津市

清水区や浜松 静岡県内波紋の有機フッ素化合物 PFAS健康への影響は 〝先進地〟大阪・摂津ルポ 

 最近よく聞く有機フッ素化合物(PFAS。読みはピーファス)という言葉。デュポン社を相手取った米国での訴訟過程で疫学調査により疾病リスクを高めることが明らかになった。原告側の弁護士は今春出版した著書の日本語版の中で静岡市清水区三保の化学工場を名指し。海の向こうから県内に飛び火した様相も見せている。浜松市では飲用にもしていた井戸水から高濃度で検出され県内で波紋は広がる。PFASとは一体どのようなものなのか。住民による血液検査や化学工場周辺で遮水壁の設置が行われる“先進地”大阪府摂津市を訪ねた。
 (清水支局・坂本昌信)
PFASを巡る最近の経過
指針値520倍 「野菜食べられない」  ダイキン工業淀川製作所の企業城下町として知られる大阪府摂津市。PFASの一つで、2015年までに製造・使用を中止したPFOA(ピーフォア)と呼ばれる物質が、敷地外の井戸の地下水から高濃度で検出され、同社は遮水壁を設置する事態になっている。
大阪府摂津市ダイキン工業淀川製作所
 米デュポン社と並びPFOAの「世界8大メーカー」だった顔も持つ同社。23年10月に配った「近隣地域の皆様へ ダイキン敷地境界遮水壁設置工事についてのご案内」と題した文書によると、11月から2段階に分け製作所を取り囲むように遮水壁を設置する。24年4月中旬に完成する。
2023年8月の大阪府の調査で、栽培用に使っていた井戸の地下水から、国が設けた指針値の520倍となる1リットル当たり2万6000ナノグラムのPFOAなどが検出されたため、持ち主が収穫した農作物を食べるのをやめた畑。奥はダイキン工業淀川製作所=11月中旬、大阪府摂津市一津屋
 「遮水壁ができても、実際どのくらい濃度が下がるのか…」。そう心配を募らせるのは、府が23年8月に実施した調査で環境省の指針値の520倍となる、1リットル当たり2万6千ナノグラムのPFASを検出した、製作所敷地外の農業用井戸の持ち主の男性(71)だ。
 静岡市清水区三保の三井・ケマーズフロロプロダクツ清水工場敷地外の井戸から検出された最高濃度は、指針値の31・2倍の1564・91ナノグラム(原田浩二京都大准教授と静岡新聞社の共同調査)。11月20日に発表された、浜松市の航空自衛隊浜松基地周辺の飲用にもしていた井戸から検出されたPFASは指針値の約10倍の同510ナノグラム。摂津市の濃度の高さは全国でも群を抜く。
   ◇
 「鳥飼ナス」で知られる摂津市。しかし淀川製作所から約10メートルの場所にある井戸を使って栽培している農作物を男性の家族は「とても食べられない」という。
 発生源とみられる敷地内の井戸の濃度が明らかになっていない状況は本県と同じ。摂津市議会は「大阪府に対し、敷地内の地下水などのPFOA濃度を早急に公表するよう促すことを強く要望する」とした「敷地内濃度の公表を求める意見書」を9月に全会一致で可決したばかりだ。
 同市環境政策課の菰原[こもはら]知宏課長によると、「昔、摂津に住んでいたが大丈夫か」などと電話が来るという。日本では、米国でロバート・ビロット弁護士がデュポン社を相手取った訴訟過程で行われたような、約7万人を対象にした大規模かつ本格的な疫学的な調査の取り組みも起きていない。国内では「『因果関係』は不明」なままだ。環境省が血中濃度と健康影響との関係を認めていない中、「安心できるとも安心できないとも言いがたい。市として動けない」と苦しい胸の内を語る。
   ◇
 「摂津が好きだし、摂津で安全に暮らしたい。次の世代の子供のためにもできることをしたい」
 11月19日午前、大阪府摂津市正雀本町の市立正雀市民ルームで行われた、市民団体「大阪PFAS汚染と健康を考える会」主催の3回目の血中濃度検査。看護師の藤田茜さん(39)=同市学園町=は血液の提供に協力した。同会は9月下旬から血中濃度検査を京都大と連携して行っていて、3回目の今回は約60人の血液が集まった。
 10月下旬までに行った2回分の87人のPFOA濃度は、血漿(けっしょう)1ミリリットル当たり0・9~127・7ナノグラム。環境省が22年度に日本人89人を対象にした全国調査の平均値同2・0ナノグラムを超えたのは、87人中81人の93・1%に上った。
PFASの血中濃度を確かめるため、自分の血液を採取してもらう女性(右)=大阪府摂津市正雀本町の市立正雀市民ルーム
   ◇
 同会の血液検査は同大の研究費とカンパが主な原資。年内に同市内で200人、大阪府全体で千人以上を目標にし、診療所などでもPFASの血中濃度と、PFOAを取り込むことで上昇することが米国の疫学調査で明らかになっているコレストロール値などの検査が進んでいる。協力する本人の費用負担はなく、結果が通知されるという。
 ただ、こうした運動には地元でも広がりを欠く面もあるという。関係者は「まだPFAS自体を知らない人もいる。ダイキン側が積極的に住民に知らせないことも要因。水俣病のようにPFASによる健康被害が国内では明確な形で出ていないこともある」と分析する。
 同会の活動に参加する増永わき摂津市議は「千人規模の血中濃度調査ではとても『疫学調査』とは言えないが、何らかの傾向を見いだすことで、国や府による本格的な疫学調査を実現したい」などとする。

“永遠の化学物質” 米国の裁判契機に注目  「日本では、ウェストバージニア州の農場主が1998年に発見した汚染を生んだのと同じ会社が、静岡市清水区で製造施設を操業し、1990年代初めから『永遠の化学物質』で大気と地下水と駿河湾を汚染してきたことを自覚し、社員の血液検査をしてきたが、そのことはほとんど報じられていない」-
 米デュポン社を相手取った訴訟で知られるロバート・ビロット弁護士。今年4月に発行された著書「毒の水」(花伝社)の「日本語版への序文」にはそう記されている。本は米東部のウェストバージニア州で起きたPFAS汚染を追及した裁判を扱う。PFASの一種PFOAを製造していた同社工場の廃棄物が、オハイオ川を汚染。井戸水を飲料水としてきた流域住民に体調不良が相次いだ。ビロット弁護士が原告側代理人を務めた集団訴訟では、2017年には被告側が患者らに計6億7070万ドルの賠償金を支払うことで和解。訴訟の過程では、原告・被告がともに認めた3人の科学者が約7年間かけ流域約7万人の血液検査を実施した。PFOAが腎臓がんなど六つの疾病リスクを高める可能性が明らかにされた。
 米国の公害訴訟に詳しい静岡大人文社会科学部の米谷壽代教授(民法、環境法)は「同じ流域住民なら原告以外にも判決の効力が及ぶ『クラス・アクション』と呼ばれる訴訟制度がある米国では、訴訟過程で疫学的調査が広範になることがある」と日米の環境訴訟の違いについて解説する。そのうえで「『懲罰的賠償』という損害賠償の枠組みと、代理人が『成功報酬』に基づいて依頼を受けることができるため、原告が訴訟を起こすインセンティブも高い。日本の場合、こうしたことは起きにくい」と指摘した。
現在は製造・輸入が禁止されているPFOA=11月中旬、京都市左京区吉田橘町の京都大先端科学研究棟
   ◇
 PFASの国際的な規制強化のきっかけとなったビロット弁護士の訴訟。その本人から名指しされたのが静岡市清水区三保の三井・ケマーズフロロプロダクツ清水工場だった。同社は一貫してデュポン社系で、18年に現社名になった。同工場では、現在は輸入・製造を禁止されているPFOAを13年まで「テフロン」の呼称のフッ素樹脂を製造する際の界面活性剤として使用。三井・ケマーズ社広報は「00年と08~13年の毎年、従業員の血液検査を実施した」と取材に答えている。米国の学術団体の基準などと比較し、相当程度高い値が08~10年に検出された。
   ◇
 PFASは1万種類以上あるとされる有機フッ素化合物の総称。フッ素樹脂加工のフライパンやはっ水スプレーの製造には欠かせない。PFOAは21年に、PFOS(ピーフォス)は10年に製造・輸入が禁止。体の中に入ると分解されず、人体に蓄積する性質があるとされる。血中のアルブミンと強くくっつくため、腎臓でこしとられず摂取をやめても半減するのに3~5年かかる。全身の細胞の受容体と結合し、脂質の分解をかく乱するため体重が減少することもあるという。京都大大学院医学研究科の原田浩二准教授(環境衛生学)は「摂取しても『PFOA病』というような特徴的な症状が出てくるわけではない。一般的な病気にかかるリスクの上昇というかたちで悪影響が出るため判別しづらい」と説明する。
PFOA、PFOSの性質や用途、想定される健康被害  指針値「不断に見直し」 鈴木清彦環境省対策室長に聞く 鈴木清彦環境汚染対策室長
 静岡市清水区三保の三井・ケマーズ社清水工場や浜松市の航空自衛隊浜松基地の近接地でPFASのうちPFOAやPFOSが地下水や河川などから国が定めた指針値を上回って検出された問題で、現在の対応状況と今後の方針などを環境省の鈴木清彦環境汚染対策室長(46)=焼津市出身=に聞いた。
 -飲料水や河川水・地下水に含まれるPFOA・PFOSの指針値を1リットル当たり50ナノグラムとした根拠は。
 「体重50キロの人が水を一生涯毎日2リットル飲んでも、この濃度以下なら健康に悪影響が生じないと考えられるレベルで設定した。『1日に水を2リットルも飲まないのでは』との質問があるが、料理にも使う。不確実さも加味した上でより厳しい『耐容1日摂取量(TDI)』を求め、指針値を作った」
 -日本では血中濃度に関する指針がない。
 「国際的に見てPFASの血中濃度と健康影響との関係を評価するための科学的な知見が十分にない。米国の学会のような団体やドイツ環境庁の委員会が血中濃度の指標を出しているが、政府の法的な基準は世界で存在しない。2011年以降、ばく露状況の経年変化などを把握するため国内で血中濃度のモニタリングをしているが、血中濃度を測っても評価できない以上、指針値を作る予定はない。既にPFOAなどは製造・輸入が禁止されていて、水質や大気、生物からの検出は全体的に減少している。今後は環境モニタリングを強化する」
 -静岡市清水区三保地区では、井戸水を飲用しないよう市が呼びかけている。住民は釈然としないものを抱えている。
 「指針値は長期的な毒性に基づき設定している。基準を超えた水を飲むとただちに健康に影響があるというものではないことは理解してもらいたい。ただ、長期間にわたって指針値を超えた飲料水を飲まないということは大事で、井戸水を飲用している人には『水道を使ってください』と呼びかけてもらっている。そこに存在すること自体が心配だと思うことや、浄化してほしいという気持ちは分かるが、大事なのはPFOAやPFOSが継続的に体の中に入ることを防ぐこと」
 -特別な立法の必要性は。政府の対応は諸外国に比べて遅れているという指摘もある。
 「米国では裁判が起きたり、環境保護庁が厳しい基準値を提案したりしていることは承知している。日本では、条約や科学的知見に基づき、関係法令などによる対策を講じてきていると考えている。これまで国内でPFASのうちPFOAやPFOSを含む水の飲用が主たる要因とみられる個人の健康被害が発生したという事例は確認されていない。飲料水や血中濃度の指針値の設定状況は常に先進諸国の状況もフォローしながら、科学的な見地に基づき指針値の不断の見直しを行っていく」
日本と各国の飲料水に関するPFASの指針値

いい茶0
▶ 追っかけ通知メールを受信する

焼津市の記事一覧

他の追っかけを読む