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テーマ : 焼津市

焼津に生まれ、家は魚屋。日本一を目指す サスエ前田魚店5代目(焼津市)/前田尚毅【あのころの私⑦】

 焼津市で60年以上続く「サスエ前田魚店」の5代目として生まれた前田尚毅さん(49)は、独自に身に付けた技術と知識で、地元での小売りが中心だった店を国内外の一流料理人が買い付けに来る全国区へと押し上げた。駿河湾で取れる魚の価値を広めることで漁師らの士気を高め、地域に好循環を生み出そうとする取り組みの原点には、中学、高校のやんちゃだった頃に目をかけてくれた人たちへの恩返しの思いがあるという。

「子どもの頃にお世話になった人に恩返ししたい」と話す前田尚毅さん=2023年12月、焼津市
「子どもの頃にお世話になった人に恩返ししたい」と話す前田尚毅さん=2023年12月、焼津市
高校時代の前田尚毅さん。毎朝市場に行って競りや魚のことを学んでいた
高校時代の前田尚毅さん。毎朝市場に行って競りや魚のことを学んでいた
「子どもの頃にお世話になった人に恩返ししたい」と話す前田尚毅さん=2023年12月、焼津市
高校時代の前田尚毅さん。毎朝市場に行って競りや魚のことを学んでいた


 この時期になると高校受験を思い出します。元々中学を卒業して魚屋になればいいと考えていたので、勉強をしていませんでした。それでも高校には行くことになり、笑い話として「名前を書けば受かる」と言われていた高校を受験しました。「1日だけでも勉強するか」と徹夜して当日を迎えたところ、試験中に爆睡。答案用紙に本当に名前を書いただけで終わりました。結果は不合格。学校では笑いものです。
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 地元の焼津水産高に懸けることになりました。面接の練習をしなくてはいけないにもかかわらず、担任は「相手をしたくない」と拒否。それもそのはず、小学生の時から学校が嫌いで授業をサボることも多く、散々周りを困らせていましたから。この時、担任に代わって面接官役を買って出てくれたのが校長先生でした。志願理由を聞かれて、私は合格するために「焼津に生まれ、家は魚屋。日本一の魚屋を目指すために水産高校に行きたい」と答えました。その言葉を校長先生がとても気に入ってくれたのです。「それで行こう」と。家でも学校でも褒められた経験がなかった私には、校長先生が自分を信じてくれたことがとてもうれしかったです。先生は今も店に買い物に来てくれ、「夢をかなえたな」「あの時に面接をしたことが誇り」と話してくれます。
 高校に入ると、小遣い欲しさにさまざまなアルバイトをし、家業の手伝いは3年間続けました。毎朝5時過ぎに市場に行って登校時間までに誰がどの魚をいくらで競り落としたかを確認し、夜、父親に報告しました。初めは聞き取ることすらできなかった専門用語が日ごとに理解できるようになり、流通の仕組みも分かってくるわけです。それに、漁師や魚屋のおじさんが高校生が毎日市場に来ることを珍しがってくれて、小遣いをくれました。魚に関わることがどんどん楽しくなりました。
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 卒業後、父親に「身銭で魚を食べて覚えろ」と教えられました。周りがファストフードなどで腹を満たしている時に、お金をためて高級店に行きました。父親の代から取引のある市内の割烹料理店では、地元の医師や建設会社の社長らが並ぶカウンターの奥で、大将が揚げたての天ぷらと油を吸った天ぷらを出してくれ、勉強させてもらいました。他の客から「この魚おいしい」と声が上がれば、大将は「こいつが選んだんだ」と自分に手柄をくれることもありました。恩返しをする前に大将は亡くなりましたが、亡くなる直前に「若い料理人に力を注いでほしい」と言われ、その約束を守り続けています。
 以前、中学校の同窓会で「魚屋でトップを取ってやる」と息まき、周りに笑われました。大学に進学した同級生の中で、勉強をしてこなかった分、他で評価されようと力んでいたと思います。迷惑ばかりかけていた私に、感情を埋め込んでくれた人たちがいます。今は周りにいる人を大切にしながら、先代が地域密着で築いた魚屋が世界でも通用し、次世代につなげられることを証明していけたら本望です。
 (聞き手=教育文化部・鈴木明芽)

 まえだ・なおき 1974年、焼津市生まれ。焼津水産高卒。沼津市の水産会社を経て、95年に家業の「サスエ前田魚店」に入った。「鮨よしたけ」(東京都中央区)に鮮度の良い魚を卸し、同店が「ミシュランガイド」で三つ星を獲得するきっかけをつくったほか、天ぷら店「成生」(静岡市葵区)は店主と二人三脚で知名度を高めた。海外のホテルでも技術指導する。2021年に「ミシュランガイド」と並ぶ食のガイドブック「ゴ・エ・ミヨ」が土地の文化を尊重しながら挑戦を続ける料理人や生産者に贈る「テロワール賞」を受賞。著書に「冷やしとひと塩で魚はグッとうまくなる」(飛鳥新社)。

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