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選挙制度改革30年 政治とカネなど問題点は

 1994年1月に小選挙区比例代表並立制の導入と、政治資金の規制強化を柱とした政治改革が実現してから30年。政治の風景はどう変わったか。政治とカネを含めて問題点はないのか。改革に関わった有識者と気鋭の政治学者の2人に聞いた。

慶応大名誉教授 曽根泰教さん 副作用で閉塞状況を招く
曽根泰教さん -30年前の選挙制度改革をどう総括しますか。
 「日本の政治体制の変革を目指した大きな改革だった。中選挙区制が土台になった『55年体制』では自民党の1党優位が続き、有権者は政権を選ぶことができなかった。新制度では政権選択ができるようになり、政治に緊張感が生まれた。実際に政権交代も起きた。しかし、副作用や想定外のことも相当あった。ここをどうしていくかが大きな課題だ」
 -想定外や副作用とは。
 「比例代表部分で少数党は残るので、二大政党ではなく『2・5党体制』になるものの、自民党と野党勢力が交互に政権を担っていく姿を想定していた。しかし、民主党による政権交代はあったが、自民党と公明党による連立政権が一貫して続き、55年体制のようになっているのは想定外だった。民主党による政権運営の失敗と自壊で野党が多弱になったことが大きい。その後遺症で政治が閉塞(へいそく)状況に陥っている」
 「副作用としては、小選挙区と比例代表の重複立候補と惜敗率の導入によるものが大きい。重複立候補を認めたとしても、小選挙区での惜敗率で比例代表の当落が決まるのはおかしい。小選挙区で落選した候補者が復活して議席を得てしまう。政治改革を進めた後藤田正晴元副総理も生前、『変だ』と言っていた」
 -自民党派閥の裏金問題も想定外でしたか。
 「そこまで予測できなかった。当時の政治改革では政党機能の強化を目指したので、派閥はなくなると思っていた。政治団体への企業・団体献金を禁じたのは存続を前提にしていないからだ」
 「しかし、派閥はパーティー券を買ってもらう手法で制度に穴をあけた。それでも裏金をつくらず、きちんと収支を報告すればいい。そうしないのは、表に出せない金の使い方をしていたからだろうし、現金でやりとりしているから、ばれないと思ったのだろう。記録と公開を徹底するべきだ」
 -今後、選挙制度はどうあるべきでしょう。
 「難しい。なぜ自民党と競争する勢力は生まれにくいのかという問いにつながる。英国では無産市民への選挙権拡大で労働党が伸長し、米国ではニューディール政策で民主党がリベラル勢力として基盤を確立したように、社会構造の変化とともに大規模な政界再編が起きた」
 「しかし日本では、高度経済成長で大きな社会構造の変化が起きたのに、社会党は対応できず、むしろ自民党が変化をのみ込んでいった。選挙制度改革の時は、国民の意識は保守と中道左派的なものに分かれるとの予測があった。結果として中道左派という大きな固まりはできず、国民の意識の変化を十分に予測できなかった。小選挙区比例代表並立制の導入が、与党と野党が相譲らぬ末の妥協の産物だったということもある」
 -政治不信がますます高まりそうです。
 「あえて言うなら、現行制度で比例をうまく活用すべきだ。重複立候補をやめて、政党が責任を持って順位を付けた名簿を作成すれば、男女を半数ずつにすることもできる。『1票の格差』問題は、議席の定数を増やすことで解決策を見いだせる。そして何よりも、野党が政権奪取への意思を明確に示し、しっかりと準備を進めることだ。そうしてこそ政治に緊張感が生まれ、信頼の回復につながっていく」

 そね・やすのり 1948年神奈川県生まれ。慶応大大学院博士課程修了。85年に同大法学部教授。専門は政治学、政策分析論。92年に発足した民間政治臨調で政治改革論議に加わった。

早稲田大教授 高安健将さん 公平な競争ゆがめる裏金
高安健将さん -自民党派閥の裏金問題で、政治とカネが焦点になっています。
 「リクルート事件に端を発した政治改革は政治資金問題の解決が一丁目一番地だった。自民1強になって以降、政治腐敗が起きても自浄作用は働かなかった。司法は沈黙し、有権者は選挙で審判を下す反応をしなかった。カネの出し入れは世間と逆方向に、政界だけ不透明さが増した。小選挙区比例代表並立制の導入で『選挙で選ばれた者が偉い』という錯覚が政治家にも有権者にも暗に含意されるようになった。政治主導を目指したあしき帰結の一つと言える」
 -不透明なカネの問題点はどこにありますか。
 「献金やパーティー券を購入した企業・団体への利益誘導になる。それにも増して問題は政党間、候補者間のフェアな競争がゆがめられる点だ。資金を集められる政党や候補ほど有利になる。公平性が欠落すれば、利益誘導する政党や政治家を落選させにくくなり、自浄作用の余地も失われる。スポーツのドーピングと同じで、ルールを守った側が不利になる」
 「民主的な政治に向け政治資金の透明化を図ると同時に、その入りと出に限度を設けるべきだ。政治家自身による是正は期待できない。独立した第三者機関が政治資金のルールの厳格化と透明化、罰則の強化を提案し、政治家が国会で身を切る覚悟で決定すべきだ」
 -選挙制度改革についてはどう総括しますか。
 「中選挙区制から小選挙区比例代表並立制に変更すれば、自動的に自民党に対抗する野党ができると想定されていたが、現実は違った。それが今の政治の混迷を招いている。30年前の選挙制度改革では、同士打ちでカネがかかる中選挙区制の廃止が最優先され、その先の考察が不足していた点は否めない。ちなみに民間政治臨調が唱えていた小選挙区比例代表連用制なら比例の議席が多くなるので、より民意を反映する仕組みになっていた」
 -なぜ想定されたように二大政党制に収束しなかったのでしょう。
 「過去30年の日本政治を振り返ると、非自民勢力は中道左派、中道右派があり、さらに共産党と公明党がいた。さまざまな団体の支援や政治資金を使って地域に根を張る自民に対抗するには、諸勢力が一つの政党にまとまるか、政党連合として協力する必要があった。しかし近年、安全保障や原発問題など政策課題での距離、共産党との関係などで壁ができて一つの固まりになれなかった」
 「加えて、衆参両院の選挙制度全体を俯瞰(ふかん)すると、比例代表制と中選挙区制が多党化を促すのに対し、小選挙区制は複数の野党の生き残りや協力を難しくする。つまり二大政党への収束も、野党間協力も困難にする選挙制度となっている」
 -日本には二大政党制はなじみませんか。
 「そもそも日本でも、地域社会でも自民党VS非自民の野党と二つに分ける必然性が明らかではない。むしろ、日本は二分化で亀裂を生む政治的な土壌ではなく、無党派を含めてもっと複数のグループが混在している。制度だけでは二大政党に支持が収束しない」
 「また小選挙区で落選した候補が低い得票率だったにもかかわらず、政党名を書いた得票によって比例代表で復活当選する仕組みも変えるべきだ。落とした候補者が当選するのは非民主的であり、有権者の投票行動に水をかける制度は、民主主義と相いれない」

 たかやす・けんすけ 1971年東京都生まれ。早稲田大卒、ロンドン大で政治学博士。成蹊大教授を経て2023年4月から現職。専門は比較政治学。

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