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若者の投票率低迷 政治学び 主権者教育重要 /「中立強調」は選択から逃避 東京工業大准教授 西田亮介氏に聞く【さまよう民主主義】

 小選挙区比例代表並立制は各党候補全体の得票率と議席の獲得数に大きな隔たりを生む。加えて、国政選挙での投票率の低迷が世論とのゆがみに拍車をかける。投票率は世代と比例して高くなり、年齢層が下がるほど低くなる傾向にある。若者の政治意識に詳しい東京工業大の西田亮介准教授に背景と課題を聞いた。

模擬選挙で投票する高校生(右上)、主権者教育記述の教科書(左上)、2021年衆院選で名古屋駅前の街頭演説に集まった有権者ら(下)のコラージュ
模擬選挙で投票する高校生(右上)、主権者教育記述の教科書(左上)、2021年衆院選で名古屋駅前の街頭演説に集まった有権者ら(下)のコラージュ
衆院選の年代別投票率の推移
衆院選の年代別投票率の推移
「若い世代の政権交代の記憶は民主党政権なので、ネガティブな記憶として残っている可能性が高いと思います。そうすると自民党政権のままの方がいいやと思うのは、合理的な選択なのではないかと思います」と西田亮介氏
「若い世代の政権交代の記憶は民主党政権なので、ネガティブな記憶として残っている可能性が高いと思います。そうすると自民党政権のままの方がいいやと思うのは、合理的な選択なのではないかと思います」と西田亮介氏
模擬選挙で投票する高校生(右上)、主権者教育記述の教科書(左上)、2021年衆院選で名古屋駅前の街頭演説に集まった有権者ら(下)のコラージュ
衆院選の年代別投票率の推移
「若い世代の政権交代の記憶は民主党政権なので、ネガティブな記憶として残っている可能性が高いと思います。そうすると自民党政権のままの方がいいやと思うのは、合理的な選択なのではないかと思います」と西田亮介氏


 18歳選挙権が導入されて以降も若者の投票率が低迷している。年代が上がるにつれて投票率も上昇していく傾向は昔と変わらない。特に気になるのは国政選挙で有権者全体の投票率がかつての70%台から50%台まで低下していることだ。加えて、この減り幅よりも20代の投票率が1970年代に比べて半分程度まで激減して昨今は30%余りに落ち込んでいる。
 なぜ投票率、とりわけ若者のそれが低迷しているのか。例えば、内閣府が毎年実施してきた「社会意識に関する世論調査」の結果を見ると、政策に民意が反映されているかどうかを聞く質問に対して「そう思わない」との答えが肯定的な回答を大きく上回り、それは若年層ほど高い。
 投票してもしなくても政治や政策は変わらないという意識が強く、投票に行く時間や選択に要する労力が見合わないと捉えられている。ある種の諦めであり、絶望感だ。こうした認識が蓄積されると、今の若者が年を重ねたとしても投票へ行くかは疑わしくなる。

 異議経験なく
 もともと年齢層と投票率が相関する理由は、自らを取り巻く環境の変化と考えられてきた。若者の多くは身の回りが主たる関心だが、就職や結婚で社会の一員としての認識が高まっていくに従い、政治にも関心を向けるようになるという学説だ。しかし、中長期の低迷を直視すると、今後もこの学説が当てはまるかどうかはいささか疑問だ。
 少子高齢化に鑑みれば、現在の10代後半から20代、30代が社会の主体となっていく。その時に全体の投票率はどこまで下がり続けるのか。若い時に一度でも投票した人はその後も投票所へ足を運ぶ傾向が強いものの、こうした層が減っている。
 90年ごろまでの保守VS革新という分かりやすい政治的な対立構図が消えたことも背景にあろう。冷戦構造が崩壊した後、政治は混迷して複雑化し、白黒の判断が難しい。さらに、2009年の自民党の下野と民主党政権の誕生、その後の自民党の政権復帰は投票で政治が大きく動いた証左だが、若者世代はそれらを直接経験していない。換言すれば、投票で政治に異議申し立てができたという成功体験がない。
 全体の投票率が50%を大きく割り込めば、選挙結果と民意の不整合が著しくなり、民主主義が機能不全に陥りかねない。そんな事態を引き起こさないためにも、若者の投票率を高めていかなければならない。
 そのためには、18歳選挙権を導入した際、メディアでも盛んに取り上げられた主権者教育を徹底していく必要がある。当時は主権者教育の重要性が叫ばれたが、その後はしりすぼみとなり、全国の高校に浸透しているとは言い難い。主権者としての教育を受けるには現実の政治を学ばねばならないが、政府や各政党、教育現場も及び腰だ。

 被選挙権下げも
 本来、世論が二分するようなニュースこそ格好の教育素材だ。しかし、政府や自治体、学校が教育基本法の「政治的中立」の順守と左右両派からの批判も懸念して、生きた政治の教育に腰が引けている。そもそも社会的な事象で完全な中立というのは、なかなか判断が難しい。中立というのは自らのポジションを取らないことになる。 
 有権者になれば、与党を支持するとか、いや野党を支持するとか、そうした意識は当たり前になる。それなのに、過度に中立を意識すると、当たり障りのない授業になりかねない。そして生徒も中立こそ善という認識になり、自分の意見を主張することをためらう弊害すら生みかねない。候補者や政党に投票することは偏りを自ら選択する行為だ。中立の強調が、選挙での選択からの逃避を促していないだろうか。
 日本では家庭でも会社でも社会でも政治的な論議は敬遠される傾向が他の先進国よりも強い。名ばかりの主権者教育に魂を注入しない限り、若者の政治意識は高まっていくまい。同時に、選挙権に合わせて、国政選挙や地方の首長、議員の被選挙権も18歳への引き下げを検討すべきだ。選挙権年齢と被選挙権年齢に差を設けた現状の制度設計は説得力に欠く。自分たちと同年代の候補者が立てば、若者の政治的な関心もおのずと高まっていくかもしれない。
 
組織票が政治動かす恐れ  国政選挙の投票率が近い将来50%を割り込むかもしれない。いわゆる「死票」が多い小選挙区比例代表並立制とも相まって、ますます民意を反映しているとは言えない政治が横行してしまう。これは、組織票を持つ特定の団体が当落を左右することを意味し、民の声と懸け離れた権力に国民が差配されかねない。
 2021年の衆院選を振り返ると、289の小選挙区で得票率48%の自民党が65%の議席を占めた。投票率の低下は、この選挙制度のゆがみに拍車をかけ、権力の偏在をもたらす。こうした事態を避けるには、日本の将来を担う若年層の投票率向上が不可欠だ。
 西田亮介さんは国や社会の問題を自分ごととして捉えるようにする主権者教育の徹底を提唱した。ただ現状は「中立」を意識し過ぎて、政治的な関心を高める教育になっていないと指摘した。
 教育現場では、新聞を活用するNIE(教育に新聞を)の活動が取り入れられている。ニュースを題材にする教育の充実とそれを担える教師の質の確保も必要だろう。知識を教え込むことに偏りがちな社会科教育からの転換が投票率アップにつながるのではないか。

 にしだ・りょうすけ 1983年京都市生まれ。慶応大大学院博士課程単位取得退学。博士(政策・メディア)。

 18歳選挙権 2016年6月施行の改正公選法で、選挙権年齢がそれまでの「20歳以上」から「18歳以上」に引き下げられた。高校3年生の一部が有権者となり、文部科学省は15年、放課後や休日に高校生が校外で行う政治活動を容認した。世界では18歳以上に選挙権を与えている国が多い。選挙権年齢の変更は終戦後の1945年に「25歳以上」が「20歳以上」に引き下げられて以来。

 

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