山口源「能役者」(1958年) 木目に浮かぶ人間の顔 沼津市庄司美術館(モンミュゼ沼津)【コレクションか㉔】
舞台が終わり、緞帳[どんちょう]が静かに下りてくる。
余韻に浸り、気づく者とて少ないが、1983年の開館時より沼津市民文化センター小ホールのそこに描かれているのは沼津ゆかりの版画家山口源(1896~1976年)の代表作「能役者」である。
「能役者」は1958年ルガノ国際版画ビエンナーレ展(スイス)で日本人初のグランプリを取った作品である。烏帽子[えぼし]をかぶった役者が横を向いているように見える。
木版画であり、まず下地を刷り、その上に装束と顔の部分の版を刷り、その顔の部分に木目をみがいた板切れのような版を置いている。当時の版木が残っている。その版木を見るとこの顔の部分は彫られてはいない。木目と節の部分を磨いただけでそのまま使っている。山口源が制作し続けてきた、木の葉や流木など実物をすり取った物を中心に構成する「物体版画」の流れを組んでいる作品である。少し人間の顔に似ているその木を見つけた時にイメージが湧いてきたのであろう。
その装束と顔の部分もつながっていない。そのことによって幽玄味を持たせ、さらに能役者たらしめているように思われる。
(松永純・副館長)
メモ 沼津市本字下一丁田900-1<電055(952)8711>
「能役者」は2階山口源常設展示室で4月20日まで版木と共に展示されている。