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テーマ : 事件事故しずおか

浜松・水窪放火1カ月 自殺の“前兆”事件食い止められたか 専門家「検証必要」【ニュースBOX】

 浜松市天竜区水窪町地頭方で10月5日の白昼発生し住宅18棟、倉庫4棟などを焼いた火災から1カ月が過ぎた。火元の自宅に放火した疑いで逮捕、送検された男(89)=鑑定留置中=は事件の約1カ月前から、自宅周辺の住民らに自殺をほのめかす言動を繰り返していたことが分かっている。独居で孤立感を深めていたとみられる容疑者の自宅を、行政は定期的に訪ねて見守りを続けていた。「適切な対策を施していたら(放火に至らない)別の展開があったかもしれない」。自殺対策に詳しい専門家は、行政の対応や体制を検証する必要性を指摘する。

事件から約1カ月が経過する今も焼け跡が残る現場=2日、浜松市天竜区水窪町地頭方
事件から約1カ月が経過する今も焼け跡が残る現場=2日、浜松市天竜区水窪町地頭方
「絆プロジェクト」の年度別の報告書や資料
「絆プロジェクト」の年度別の報告書や資料
事件から約1カ月が経過する今も焼け跡が残る現場=2日、浜松市天竜区水窪町地頭方
「絆プロジェクト」の年度別の報告書や資料

 火災発生の当日は晴れて風が強かった。午前11時ごろ、容疑者の自宅から出た火は一気に広がり、住民はすぐ外へ避難した。自宅が焼失した数世帯は、町内の親族の家や空き家へ移り住んだ。1カ月が経過した現在も、焼け跡は残ったままで、地元住民やボランティア、業者が片付けを続けている。家を失った70代男性は「火災直後は心身ともに疲れ果て、体調が非常に悪くなった。こんな経験はしたことがない」と険しい表情で話した。

 生活確認も
 9月上旬、容疑者と妻との間で家庭内トラブルがあり、これを契機に妻は家を出たとされる。親族との関わりは薄かった。容疑者が昼夜問わず「自殺する」と口にし始めたのはこの頃。天竜区役所は、区役所職員と地域包括支援センターの職員による訪問の頻度を高め、体の調子や生活ぶりを確認していた。区長寿保険課は「一人で生活できるように支援した」と説明する。介護の必要性は低く、認知症も患っていないと判断した。事件の“前兆”を重視し、自殺防止を念頭に置いた特別な対応があった形跡は見えない。

 住民の思い
 容疑者は耳が遠く会話での意思疎通が困難な状況にあった。近隣住民は容疑者の“異変”を憂慮し、出歩く様子を見守ったり、就寝時間帯に消灯しているか確認したりと、一日の暮らしぶりを周囲からほぼ毎日確認していた。しかし、区役所側からは「自立を妨げないように」などと、住民間での積極的な介入は避けるように伝えられた。住民側に直接的な支援を控える空気が広がり、もどかしさが募る中で事件の日は訪れた。「行政の判断、呼びかけは正しかったのだろうか。対応次第で不幸を防げたのではないか」。地元の向市場自治会の男性役員は、そうした思いを拭えずにいる。

 「絆活動」終了
 浜松市は2010年度から、自殺リスクが高い人の情報をさまざまな職種の専門家が共有し、対策を練る枠組み「浜松市自殺対策地域連携プロジェクト(通称・絆プロジェクト)」を設けた。委託先はNPO法人遠州精神保健福祉をすすめる市民の会(同市中区)で、司法書士や弁護士、精神保健福祉の専門家などで構成している。22年度まで活動し、約20件の自殺リスクが高いケースに対応した。年度をまたぐたびに予算が徐々に減り、複雑なケースへの対応が困難になったため、昨年度で活動を終了した。
 絆プロジェクトの元推進委員会メンバーは「本年度も活動が続いていたら、今回のケースもプロジェクトで対応できていたかもしれない」と話す。区長寿保険課の担当者も「多職種で連携し模索する選択肢がもしあれば、(絆プロジェクトで)対応するケースだった可能性は捨てきれない」と受け止める。
 プロジェクトの立ち上げを主導した聖隷クリストファー大の大場義貴教授(小児発達学)は「自殺の背景には複合的な要因が絡み合う」と説明した上で「リスクを抱えた人には、専門のノウハウを持ったチームで多面的に対応することが必要」と強調する。「今回のケースも認知能力に限らず生活状態、心のバランスなどを総合的に評価して対策を考える必要があった」と推測し、「プロジェクトがなくなってすぐに、このような事件が起きたことが残念でならない。一連の対応を検証し、対策を考え直すべき」と指摘する。
 (水窪支局・大沢諒)

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