テーマ : 福祉(障がい者・子ども)

育休中のリスキリング どう考える?④ 有識者インタビュー【賛否万論】

 育休中のリスキリング(学び直し)について考える上で、忘れてならないのは、育児休業を取得する人が育てる乳幼児の視点だ。乳幼児期とは子どもにとってどんな時期なのか。保護者が心がけたい点とは。乳幼児の子育てに必要な政策は。常葉大保育学部の山本睦教授(教育心理学)にインタビューしました。

山本睦教授
山本睦教授
乳幼児の心の発達のイメージ
乳幼児の心の発達のイメージ
山本睦教授
乳幼児の心の発達のイメージ


 あらゆる人が利用しやすい制度を 常葉大保育学部教授(教育心理学) 山本睦さん
 人間の赤ちゃんの特徴はどんな点ですか。
 生まれてすぐに歩けるウマやウシと比べ、人間の赤ちゃんは極めて未熟な状態で生まれます。つまり、人間は赤ちゃんの時期からたくさん学ばなければならないのです。
 授乳の方法も人間は特徴的。多くの動物の母親は、授乳しながら子どもの顔を見ることはできません。一方、人間は母乳でもミルクでも、赤ちゃんを抱えて授乳します。パパやママが目を見て、話しかけながら授乳する。笑ったように見える赤ちゃん特有の「生理的微笑」を見て、大人も「笑った」と高い声で喜ぶ。赤ちゃんは心地よい高い声を聞いて、笑うことを快と感じ、人には心があることを理解し始めます。
 赤ちゃんは何を習得しているのですか。
 このように日常的なやりとりを繰り返し、赤ちゃんは特定の養育者と情緒的な絆「アタッチメント」を形成します。恐怖や不安を経験しても、自分は守ってもらえる、受け止めてもらえるという安心・安全の感覚を持ち、あらゆることに挑戦して徐々に世界を広げていきます。この感覚は自分に対する信頼感や、養育者以外の人に対する信頼感につながり、さらには自発性や社会性といった「非認知能力」の土台となります。

 全てささげる必要ない
 日常のやりとりの連続が大切なのですね。
 はい。ただ、強調したいのは、情緒的な絆を築く“特定の養育者”は母親一人である必要はないということ。父親、祖父母、里親、保育士なども考えられます。乳幼児期が人間の土台づくりの大切な時期であるのは確かですが、それは母親が赤ちゃんに付きっきりで育児だけに専念しなければならないという意味ではありません。
 むしろ、近年は過干渉が問題視されています。父母や祖父母が子どもの先回りをして、何でもお膳立てしてしまうというのもよく聞く話。過干渉はさまざまな発達の阻害要因となり得ます。子どもが自分で挑戦したり、失敗したりする経験も必要です。
 子どもにできるだけのことをしてあげたいと思う親は多いのではないでしょうか。
 子どもを思う気持ちは尊いものです。でも長い人生、子育てだけして過ごすわけではありませんよね。将来仕事をするしないにかかわらず、親自身が自分の人生をどう生きるのか考えることは、育児中でも大切です。良い親であろうと頑張り過ぎている人に、自分のためにも時間も使ってほしいと伝えたいです。
 親が自分の人生を犠牲にして育児に全てをささげることが、必ずしも子どもにとってベストとは言えないのではないでしょうか。

 学び直し休暇の創設を
 育休中のリスキリングについてどうお考えですか。
 人生100年時代と言われます。今後は技術がさらに進歩し、働き手は不足します。どんな人にも、学び直しは必要だと思います。ただ、育休中に可能かどうかはケース・バイ・ケース。養育者の体調も、家族が育児にどれだけ関わることができるのかも、人によって違います。
 学ぶためには、自分の代わりに子どもの世話をしてくれる人が必要です。家族にそういう人がいない場合、保育所の一時預かりやベビーシッターなどの選択肢が考えられます。しかし、定員がいっぱいだったり、料金が高額だったり。こうしたサービスを誰もがいつでも使えるわけではないのが現状です。労働者にリスキリングを求めるのであれば、育休でなく、リスキリング休暇を設けるべきだと思います。
 幼いわが子を人に預けることを、ためらう保護者もいるのではないでしょうか。
 先ほどの話にもありましたが、保育者も「アタッチメント」の対象となります。保育のプロに預けることは決して悪いことではありません。また、乳児が特定の子ども集団に所属して、特定の子どもと同じ場で過ごすことは、児童期の友達関係を円滑にするという研究結果もあります。
 気を付けたいのは、子どもにとって見守ってくれる存在がコロコロ変わるのは好ましくないということ。見知らぬ人といて落ち着かないのは大人も同じですよね。預け先が、子どもが安心・信頼できると感じられる人であることが重要です。預かってくれる人なら誰でも良いというわけでは決してありません。

 育休取れない人 支えて
 政府はリスキリングへの投資を進めています。
 この度は育休中のリスキリングが注目されましたが、育休を取得できない人の存在を忘れてはいけません。一部の非正規雇用、フリーランス、学生、専業主婦…。たくさんいます。こうした人の中には、リスキリング(学び直し)以前に、そもそもスキリング(学び)が十分でなかった人もいます。子育てのために退職し、スキルや収入が途絶えてしまった人もいます。
 育児休業給付や復職後に利用する保育所運営などで、育休取得者は財政的な恩恵を受けています。育休を取得できない人への支援も拡充すべきです。
 岸田文雄首相は「異次元の少子化対策」を打ち出しています。
 結婚した3組に1組は離婚しています。イギリスの保育者に見られる雇用形態のようにパートタイムの正社員、子育てで離職した後の再就職前教育など、ひとり親でも子育てしながら安定した収入を得られる働き方の仕組みづくりは不可欠です。
 また、就園も一時預かりも含め、保育サービスがもっと利用しやすくなるべきだと考えます。そのためには保育者の待遇、配置基準、一園あたりの子どもの数、保育無償化だけでなく、事務処理の規格統一と簡素化など、保育環境の抜本的改善が大切です。
 非認知能力の例を示しましたが、乳幼児期は人間として生きる力を身に付ける非常に大切な時期です。安全に預かるのは大前提ですが、幼児教育と小学校教育を結ぶ「幼保小の連携」など、幼児教育で求められる資質・能力の見直しも必要です。
 

 千葉県出身。教育心理学、発達心理学、保育者のキャリア発達などが専門。三島市子ども・子育て会議委員、裾野高学校運営協議会委員などを務めている。

 次週の賛否万論は同じテーマでしずしんニュースキュレーターの意見を紹介します。

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