テーマ : 福祉(障がい者・子ども)

盲導犬歩行、VRを開発 東大チーム 多様な視覚障害の理解促進

 盲導犬にサポートされた視覚障害者の歩行を疑似体験できる仮想現実(VR)のシステムを東京大の研究チームが開発した。盲導犬の利用者は全盲というイメージが強いが、実は人によって見えにくさの種類や程度には違いがある。仮想空間で多様な当事者の視点を体感することで、視覚障害者への理解を深めてほしいという。
ゴーグルをのぞく人たち(左の2人)の横で中心部分の視野が欠けるようタブレット端末を操作する様子=東京都文京区
 昨年9月下旬、東京大の本郷キャンパス。学生たちが専用ゴーグルを装着し、VRシステムを体験した。ゴーグルの中には360度の街の風景が映し出されている。ただし映像では、視野全体がゆがんでいたり中心部が暗転していたり、さまざまな視覚障害のパターンが再現されている。見え方は、パソコンやタブレット端末の画面操作で簡単に変更できる。
 体験者の一人、お茶の水女子大2年の藤木泉さんは「非常に歩きにくさを感じた。この見え方では支援がないと日常生活は送りにくいだろう」と話す。
ゴーグルを装着してロボットのハンドルを握る学生(右)に説明する渡辺学・東京大特任教授
 チームは、掃除機のようなハンドルを握ると実際の盲導犬と同じ動きを感じられるロボットも開発。VR体験中にハンドルを持つと安心感が高まるという声も聞かれた。
 システム開発は2020年ごろに始まった。盲導犬歩行学に取り組む渡辺学特任教授が、人間の錯覚を利用した情報提示技術を研究する雨宮智浩教授に声をかけたのがきっかけ。雨宮さんは「VRを必要とする人に使ってもらえるよう、環境整備するのも研究者の仕事だ」と引き受けた。
 「盲導犬を連れた人に電車で席を譲ったら、スマートフォンを触っていた。どうして目が見えている人に犬を貸し出しているのか」。盲導犬を育成する日本盲導犬協会には、こんな抗議の声が寄せられるという。
 だが、盲導犬を連れていても見えにくさは人それぞれ。視覚障害者のうち全盲の人は1~2割とされ、8~9割は弱視(ロービジョン)の人たちだ。例えば視野全体のゆがみやぼやけ、視野の中心部が見えない人や、逆に周辺部の視野が欠けている人もいる。
 顔を画面に近づけて上下させるなど、工夫をすれば狭い視野でスマホを扱えるケースもある。ただし歩行には支障があるため盲導犬を連れているのだが、周囲の理解はなかなか得られない。
 溝を埋めようと盲導犬歩行体験の啓発イベントなどが開かれてきたが、実施地域や回数には制約がある。盲導犬の数も限られ、犬の負担が大きいという課題もあった。
 今回のシステムは、風景の映像と視覚障害のさまざまなパターンを合成した上で、体験者の視線がどこに向いているかをセンサーで感知し、映像がより自然に見えるように工夫した。ロボットと組み合わせれば、本物の盲導犬を使った歩行体験と同様の効果が得られる。
 イベント以外でも、視覚障害者の家族が自宅で使うことで、どこに家具などの障害物があると転倒原因になるのかという気づきにつながる。
 「言葉では分かっているつもりでも、十分に理解できていないことがある。疑似体験が視覚障害に対する誤解の解消や適切な住環境の設計につながることを期待したい」と雨宮さん。渡辺さんは「見える人が思う見えにくさと当事者の認識は異なることを新しい技術を通じて知ってほしい」と話している。

 障害者支援に活路
 ゴーグルなどの関連デバイスの発売が相次ぎ、「VR元年」と呼ばれたのは2016年。しかし現状は、当時期待されていたほどVRが広く普及したとは言い難い。乗り物酔いに似た症状が出る可能性や、デバイスが高価なことなどが問題として指摘されている。
 ただ相性の良い利用分野はある。その一つが障害者支援。注意欠陥多動性障害(ADHD)などの発達障害を抱える子どもに社会生活に必要なスキルを身に付けさせたり、逆に発達障害者に特有の行動や考え方を健常者に理解してもらったり、相互理解につながるVRが開発されている。

いい茶0

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