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テーマ : 島田市

やさしい言葉で命紡ぐ 詩人・井上尚美さん(島田市)【表現者たち】

 島田市の詩人井上尚美さん(82)が第5詩集「蒲の穂わたに」を出版した。夫のがん闘病、幼い頃の出来事、亡き家族の姿―。10年ぶりの詩集に「幸せな詩は少ないかも。苦しみを伴わない生はないでしょ。その奥深くへやさしい言葉で降りていきたい」と思いを込める。

「自宅庭の日常から言葉を紡ぐことが多い。冬枯れの庭も好き」と語る井上尚美さん。木蓮のつぼみに春を待ちわびる=島田市(写真部・小糸恵介)
「自宅庭の日常から言葉を紡ぐことが多い。冬枯れの庭も好き」と語る井上尚美さん。木蓮のつぼみに春を待ちわびる=島田市(写真部・小糸恵介)
最新詩集の「蒲の穂わたに」(手前左)。切り抜き記事は25歳の時、1966年の本紙読者文芸に入選した詩「ある幸せ」
最新詩集の「蒲の穂わたに」(手前左)。切り抜き記事は25歳の時、1966年の本紙読者文芸に入選した詩「ある幸せ」
「自宅庭の日常から言葉を紡ぐことが多い。冬枯れの庭も好き」と語る井上尚美さん。木蓮のつぼみに春を待ちわびる=島田市(写真部・小糸恵介)
最新詩集の「蒲の穂わたに」(手前左)。切り抜き記事は25歳の時、1966年の本紙読者文芸に入選した詩「ある幸せ」


 じっと薔薇を見つめている
 が 見ているのは薔薇ではないらしい
 花がいつでも人の慰めになるとは限らない
 心ここに在らずの状態で眺めれば
 花の色香もここに在らずだ
  (「蒲の穂わたに」から)

 入院中の夫と過ごせる2時間の外出許可。散歩に出かけた公園で、そっと夫の心中に寄り添う。

 あの日
 私は花をすでに脱ぎ捨てていたのだろう
 いのちを繫ぐために花を葉に変えることは
 とても神秘的で美しい約束ごとなのだ
  (「葉桜の頃」から)

 自身も乳がんを患い、手術の日の朝を詠んだ。間もなく喪失する乳房。病室から見える葉桜に、初めて授乳した感動がよみがえる。2021年、宮城県栗原市が主催する第22回白鳥省吾賞の最優秀賞に選出された。「よく植物は癒やしといわれるが、色香が感じられなくても、心のどこかで受け止めているのだろう」と語る。
 詩作は高校の時から。恩師で静岡市出身の詩人小長谷静夫(1933~90年)の作品に「これが現代詩かと衝撃を受けた」。社会人となり、雑誌や新聞に投稿する楽しさを知り、程なく「静岡県詩をつくる会」に誘われた。
 「若い頃は妥協できないもの、寂しさに敏感だった。第1詩集はほとんど恋の詩」。所属していた同人誌を引き継ぐ形で2008年に仲間と「穂」を創刊し、年3回の発行を続ける。
 さまざまな草木が植わる自宅の庭も題材の宝庫だ。ミミズとの格闘、茂る夏の草。「小さな命から気づきをもらう。土の中は冬でも温かいのをご存じ? 土は命を育む『地球の子宮』なのかもしれない」

 顔のシワと脳のしわは比例するか
 させましょう
 一度膨らんだものはそう容易く萎まない

 木蓮は 今に ひらく
  (「マスクの中で」から)

 「分かりやすい言葉で、行間を言葉として伝えられる詩が理想。1行でも誰かの心に残ったらうれしい」
 (教育文化部・岡本妙)

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