テーマ : 芸能・音楽・舞台

宝塚歌劇団・俳優急死 求められる 開かれた組織(周東美材/学習院大教授)

 宝塚歌劇団の俳優急死問題は、補償と謝罪を求めた遺族と歌劇団側が合意に達した。今後の課題について、宝塚歌劇の歴史に詳しい社会学者の周東美材さんに寄稿してもらった。

記者会見する阪急阪神ホールディングスの嶋田泰夫社長(中央)ら=3月28日、大阪府豊中市
記者会見する阪急阪神ホールディングスの嶋田泰夫社長(中央)ら=3月28日、大阪府豊中市
周東美材さん
周東美材さん
記者会見する阪急阪神ホールディングスの嶋田泰夫社長(中央)ら=3月28日、大阪府豊中市
周東美材さん

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 「娘は決して弱かったわけでも、我慢が足りなかったわけでもありません。過酷な労働環境と、ひどいパワハラの中でも、全力で、笑顔で舞台に立っていました」。代理人弁護士が会見で読み上げた遺族の訴えはあまりにも痛切だが、失った娘を誇りに思う言葉が聞く者の胸を打つ。
 過酷な労働環境を疑問視し待遇改善を求める声は、創設初期の頃からあった。例えば、1921年の雑誌「歌劇」では、「宝塚では毎公演期間、ぶっ通しで公演する。この間生徒を一日も休ませないのは、少し無理ではないか。労働過重である」といったような批判の声を掲載している。
 33年には、宝塚のライバルだった松竹の劇団で、当時10代後半のスター水の江滝子が委員長となり、労働争議を起こしている。「桃色争議」とも呼ばれたこの闘いは、NHK連続テレビ小説「ブギウギ」でも描かれ話題となった。声を上げたスターが、ファンや世論を味方に付けながら争議に臨み、後続の世代を励ましたことは、現在の日本の状況にもヒントを与える。
 どんな組織も一枚岩ということはなく、内部にはいろいろな考えやバックグラウンドを持った人たちがいる。今の宝塚にも、これまでの考えや慣行に疑念を抱いてきた劇団員や関係者、ファンたちは少なからずいることだろう。
 今回の歌劇団側の会見で、親会社阪急阪神ホールディングスの嶋田泰夫社長は、「宝塚歌劇の創業時の理念は、家族そろって楽しめる健全な娯楽の実現でありました」と強調した。この理念は、創業者小林一三が、歌劇を一部の限られた人のものにするのではなく、さまざまな人が楽しめるように広く普及させたいと考えて掲げたようだ。
 もしこの理念に立ち返るなら、内輪の論理だけではなく組織の内外にある多様な声に耳を傾け、開かれた宝塚にしていくことが求められるはずだ。
 宝塚に限らず、アイドル文化や推し活の流行の過熱は、時として自分たちだけの閉じた世界をつくり出してしまうことがある。したがって、尊い命が失われた宝塚に課される組織風土と意識の改革は、「旧ジャニーズ」の問題を含めた今後のエンターテインメントの世界全体を考える上でも重要な課題といえる。

 しゅうとう・よしき 1980年群馬県生まれ、学習院大教授。著書に「『未熟さ』の系譜 宝塚からジャニーズまで」などがある。

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