あなたの静岡新聞
▶ 新聞購読者向けサービス「静岡新聞DIGITAL」のご案内
あなたの静岡新聞とは?
有料プラン

テーマ : 編集部セレクト

恩赦実現へ転換迫られ【最後の砦 刑事司法と再審㉕第6章 遠き「黄金の橋」③福岡事件㊥】

 社会党の神近市子衆院議員らは1968年、再審特例法案を国会に提出した。連合国軍の占領下に起訴され、裁判で死刑が確定したものの未執行の死刑囚を対象とした。神近議員は、政治的影響や旧刑事訴訟法時代の悪癖が残る人権軽視の捜査などによって冤罪(えんざい)の可能性が高いためだ、と理由を説明した。

福岡事件の再審運動を説明する古川龍樹さん。西武雄さんの死刑執行を「見せしめのようだ」と話す=2月7日、熊本県玉名市
福岡事件の再審運動を説明する古川龍樹さん。西武雄さんの死刑執行を「見せしめのようだ」と話す=2月7日、熊本県玉名市

 やり直しの裁判は主に、無罪を言い渡すべき、または原判決より軽い罪を認めるべき明らかな証拠を新たに発見したときに始まる。法案では、再審開始要件の「明らかな証拠」を「相当な証拠」に緩和。検察官による再審開始決定への異議申し立てを禁じることも盛り込み、現在の法改正運動にも通じている。
 神近議員は、時間的な制約で社会党が発議したに過ぎないとして「超党派的、人道的な賛同を得て国会通過を図りたい」と願った。その上で、法案の基本理念は「再審法制全体に対する不信感に基づく」とした。
     ■
 翌69年、西郷吉之助法相は「特例法案が提案されたことを契機とし、恩赦の積極的運用について努力したい」と発言した。本来、恩赦は罪を認め再犯の恐れがないと判断されることが前提だが、福岡事件の支援運動は事実上、まずは恩赦の実現へと方針転換を迫られた。神近議員は自伝で、恩赦で勘弁してもらえないか―と使者が来たことを暴露し〈これが政治というものなのだろうか〉と嘆いた。
 福岡事件で死刑が確定した西武雄さん、石井健治郎さんの恩赦について、国側は「優先的に審査が進められている」とし、75年3月の参議院法務委員会では6月にも結論が出ると示唆。同17日、石井さんを恩赦で無期懲役に減刑する一方、西さんの死刑を執行した。
 誤射としながら事件の被害者への発砲自体は認めていた石井さんに対し、西さんは無実を主張していた。死刑執行前月には、被害者の遺族が「もう釈放してあげてください」と国の聞き取りに答えていたという。
     ■
 国側は国会答弁で、西さんへの死刑執行の告知は当日であり、恩赦不相当も同じタイミングで伝えたと明らかにした。不相当の議決は6月6日だったとも。同日以降も法務省保護局に恩赦の行方を確認していた社会党の佐々木静子参院議員は「だまし討ち」と反発。石井さんの恩赦相当が閣議を経ていなかったため「最終結論は出ていない」と説明したとする釈明を「詭弁(きべん)」と批判した。
 福岡事件の再審運動に奔走していた熊本県玉名市の僧侶、古川泰龍さんは国会請願で東京滞在中に石井さんの恩赦を聞いた。夕刊では西さんの死刑執行は報じられておらず、翌日の朝刊で事態を知った。「西さんと双子のような生き方をしてきたので、自分の半身が不随になったような気持ちです」。声を絞り出す当時の古川さんの映像が残る。
 西さんは獄中で写経と仏画の制作を重ねた。「(司法に届かない)無実の訴えを仏さまに聞いてもらいたい、という思いからではないでしょうか」。古川さんの長男龍樹さん(64)は、心の内をそう推し量る。西さんは体調が悪化し、失明寸前だった。「処刑される理由が全く分からない。見せしめのようだ」と思う。
 父が開山し、龍樹さんが代表を引き継ぐ生命山シュバイツァー寺の石碑は、無実を訴え続けた西さんの獄中句を刻む。叫びたし 寒満月の 割れるほど

 <メモ>死刑執行の当日告知に関して現在、憲法に違反するとして死刑囚2人が国に損害賠償を求めた訴訟が大阪地裁に係属中で、4月に判決が出る予定。福岡事件の西武雄さんへの当日告知を巡り、佐々木静子参院議員は、執行を事前に知りたいかどうか尋ねるアンケートを国が確定死刑囚に行っていたと指摘。西さんが答えなかったのは無実を訴えていたからだとし、それを根拠に当日告知とした国側の対応を非難した。

いい茶0
▶ 追っかけ通知メールを受信する

編集部セレクトの記事一覧

他の追っかけを読む