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袴田さん無罪の公算 再審開始が確定 検察、特別抗告断念 死刑事件で戦後5件目

 現在の静岡市清水区で1966年、みそ製造会社の専務一家4人を殺害したとして死刑が確定し、裁判のやり直し(再審)を求めてきた元プロボクサー袴田巌さん(87)の差し戻し後の即時抗告審で、東京高検は20日、再審開始を認めた東京高裁決定について、最高裁に特別抗告しないことを明らかにした。再審開始が確定し、今後、静岡地裁での再審公判に移行する。事件から57年。袴田さんに無罪判決が言い渡される公算が極めて大きくなった。

再審開始が確定したことを袴田巌さん(左)に伝える姉ひで子さん=20日午後、浜松市中区(支援者提供)
再審開始が確定したことを袴田巌さん(左)に伝える姉ひで子さん=20日午後、浜松市中区(支援者提供)
再審開始が確定したことを袴田巌さん(左)に伝える姉ひで子さん=20日午後、浜松市中区(支援者提供)

 戦後の死刑確定事件のうち再審が開始されるのは5件目で、89年に静岡地裁で再審無罪となった「島田事件」以来となる。先の4件は全て再審無罪に至った。
 東京高検の山元裕史次席検事は記者会見を開き、「高裁決定には承服しがたい点があるものの、特別抗告の申し立て事由があるとの判断に至らなかった」と特別抗告断念の理由を述べた。
 事件では、発生から1年2カ月後に現場近くのみそタンクで血痕の赤みが見て取れるシャツなど「5点の衣類」が見つかった。確定判決は袴田さんの犯行着衣と認定したが、弁護団は赤みが残っているのは不自然として捏造(ねつぞう)された証拠だと訴えてきた。
 13日の東京高裁決定は、みそ漬け血痕の赤みが失われるメカニズムを化学的に明らかにした弁護団側鑑定書の信用性を認めた。新旧の証拠を総合評価し、袴田さんを犯人とした確定判決の認定に「合理的な疑いが生じることは明らか」と指摘。みそ漬け血痕が短期間で黒色化することを示した実験報告書などの新証拠を「無罪を言い渡すべき明らかな証拠に該当する」として再審開始を認めた2014年の静岡地裁決定を支持し、検察の即時抗告を棄却した。5点の衣類については、事実上捜査機関によって捏造された可能性が「極めて高い」と踏み込んだ。
 弁護団や支援者に加え、刑事法研究者らからも検察に特別抗告を断念するよう求める声が強まっていた。
 (社会部・佐藤章弘、東京支社・柿田史雄)

ひで子さん「もう安心」 喜び興奮、巌さんに報告
 「もう安心だよ。何にも心配いらないよ」
 20日、東京高検が特別抗告を断念し、袴田巌さん(87)の再審開始が確定した。姉のひで子さん(90)は浜松市中区の自宅で、袴田さんの背中にそっと手を当てながら、興奮した様子で伝えた。
 同日夕に喜びの知らせを受け取ったひで子さんは、自宅前で報道陣の取材に応じた。支援者と抱き合ったり、家の中を走り回ったりして喜びを爆発させたという。「こんなにうれしいことはない。たまっていた疲れも全て吹っ飛んだ」と満面の笑みを浮かべた。
 審理が長期化する中で一つ一つの動きを冷静に受け止めてきたひで子さん。それでもこの日は「気分が高揚した。巌に伝える時は涙ぐんだ」と振り返り、「よくぞ頑張ったと、巌をほめたい」とかみしめるように語った。検察の判断を「よく断念してくれた。一応は敬意を表したい」としながら、再審に向けては「まだ裁判が終わったわけではない。これからが正念場」と表情を引き締めた。
 袴田さんの生活をサポートする「袴田さん支援クラブ」代表の猪野待子さんは「喜ぶひで子さんと、無反応の巌さんの様子が対照的だった」と説明した。再審開始の確定について「うれしいだけで済ませてはいけない」と語気を強め、「日本の司法と社会が巌さんを長い間苦しめ、人生を奪った。しっかりと検証し、こうしたことが二度と起こらないようにしなくてはならない」と強調した。
 (浜松総局・岩下勝哉)

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