検証・マリウポリ劇場空爆 無視された「命の訴え」 避難路探す市民ら犠牲に【大型サイド】
ロシア軍に攻撃されたウクライナ・マリウポリの劇場は、昨年2月の侵攻初期から避難所になっていた。攻撃標的にされないよう、劇場脇にロシア語で「子どもたち」と大書されていたが、「命の訴え」は無視された。戦場からの避難ルートを探していた大勢の市民らは、なぜ殺されなければならなかったのか。生存者の証言と国際人権団体の調査から検証した。
マリウポリはアゾフ海に面した港湾都市で、製鉄や化学工業が発達。旧ソ連時代の1960年ごろ開館した劇場は文化の中心として栄え、ロシアのチェーホフや英国のシェークスピアらの作品が上演されてきた。赤い屋根が目を引く建物は、市民に愛されてきた。
ロシアは昨年3月初めからマリウポリを包囲し、猛烈な攻撃を仕掛けた。劇場には食料や水が集められ、劇場スタッフや家族ら約100人が地下倉庫や大ホールに身を寄せていた。
3月4日、街からウクライナ制圧地域に逃れる「人道回廊」の出発地として、劇場が指定されたとの情報が出回った。翌5日以降、避難者は急増し一時は数千人に。生存者によると、5日には既に「子どもたち」の文字は書かれていた。結局、戦闘はやまず回廊設置は失敗し、行き場を失うなどして空爆時には500人程度が残っていた。
爆発が起きたのは16日午前10時ごろ。生存者のナタリア・フレベネツカさん(48)によると、ごう音が響き天井が落下、周りは土ぼこりに覆われた。大勢ががれきに埋まったが、正確な犠牲者数は今も分からない。人権団体アムネスティ・インターナショナルの調査報告書は被害状況や目撃者の証言を根拠に、ロシア軍戦闘機が重さ500キロの二つの爆弾をほぼ同時に投下したとみる。
ロシア国防省は、ウクライナ側が内部から破壊してロシアの攻撃と見せかける「偽旗作戦」と主張。攻撃の数日前から、交流サイト(SNS)では多数の親ロ派アカウントが劇場での偽旗作戦計画を「警告」していた。
しかし、建物の破損具合から内部で爆発物を破裂させた可能性は低い。欧州安保協力機構(OSCE)も偽旗作戦の主張を否定している。劇場は大きな公園の真ん中にあり、爆弾は劇場中心部に投下されたことから、劇場を狙い撃ちにしたとの見方が広がる。
ウクライナ側の兵士が軍事目的で劇場を利用していたとの証言は出ていない。調査報告書は「ロシア軍が民間施設だと知って、意図的に劇場を攻撃した可能性が最も高い」と結論付けた。
空爆で夫を失ったナタリアさんは「ロシア軍は産院や住宅を無差別攻撃していた」と憤る。生存者は近隣の避難所に移動し車や徒歩で街を離れ、ロシア軍の検問を通過し南部ザポロジエなどに逃れた。軍との関係を疑われ連行され、行方不明になった人もいる。
マリウポリの市長顧問は昨年、ロシアは劇場を再建しようとしていると主張、こう批判した。「骨の上でダンスし、埋葬地で演劇をしようとしている」(キーウ共同)