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【24年春闘】経済再生へ所得上昇必要 多段階の最低賃金形成を 立教大経済学部教授 首藤若菜

 今年の春闘は昨年を上回る賃上げ率が見込まれる。総合スーパーのイオンリテールをはじめとする複数の大手企業が序盤で妥結し、相場形成に影響を与えた。自動車や電機といった業種がリードしてきた春闘のけん引役に変化の兆しがみられる上、非正規労働者であっても労働組合に加入していれば、賃金の引き上げが実施されていることは注目すべきだ。

立教大経済学部の首藤若菜教授
立教大経済学部の首藤若菜教授

 他方で、急激な賃上げを懸念する声も聞かれる。例えば、賃金上昇は労働生産性の向上を伴わなければ持続しない、との指摘である。生産性の向上は確かに重要だ。だが問題は過去20年以上にわたって、生産性向上に賃金上昇が追いついてこなかった点にある。
 両者の乖離により、雇用者1人当たりの報酬を就業者1人当たりの国内総生産(GDP)で除して算出した「労働分配率」は、一貫して低下傾向にあった。デフレから完全に脱し、経済を再生するには、幅広く所得が上がらなければならない。労働分配率の上昇を伴う賃上げとなるかどうかも見極める必要がある。
 今春闘で大手企業を中心に高い賃上げ率が発表される一方、それが中小企業にまで行き渡るのかどうかは不透明である。
 昨年は、春闘で3・6%(厚生労働省集計)と約30年ぶりの大幅な賃上げが達成されたにもかかわらず、一般労働者の給与の伸び率は1・2%と過去と比べて著しく高かったわけではない。
 賃上げを中小企業に広げていくためのポイントを、既に多くの人が指摘する生産性向上を除き、3点提示したい。
 第一に価格転嫁だ。転嫁率と賃上げ率には正の相関関係が確認されている。価格転嫁の推進に向けた公正取引委員会や中小企業に聞き取り調査を行う取引調査員(下請けGメン)の強力な取り組みは追い風だろう。
 しかし、そもそも公正な取引がなされず、適正価格が担保されないような市場環境を是正しなければ、価格転嫁の持続性は保たれない。多層的な下請け構造にメスを入れるなど、転嫁が可能となる環境の構築が求められる。
 第二に労組の存在である。労組の有無による賃金改定率は企業規模が小さいほど大きい。すなわち、中小企業ほど組合がなければ賃金が上がりにくい。中小企業で組織率を高めることが重要だ。
 だが現状では価格転嫁が順調に進んでいるとは言い切れず、労組の組織化にも時間を要する。その中で企業規模にかかわらず賃上げを進めるには、最低賃金(最賃)の引き上げが必要になる。これが第三の点である。
 地域別の最賃は、2016年からコロナ禍の一時期を除いて年3~4%ずつ上がり、中小企業や非正規労働者の賃金上昇に寄与してきた。トラック運転手や介護士らエッセンシャルワーカーと呼ばれる職業分野で深刻な人手不足が起きており、その要因の一つに賃金の低さが指摘される。
 こうした特定の職業や産業の賃金を底上げするには、特定最賃を活用すべきだ。さらに、一部の民間企業の労使が既に行っているように、春闘で産業別最賃や企業内最賃を締結することもできる。多段階の最賃形成は、社会の隅々にまで賃上げを行き渡らせることになる。
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 しゅとう・わかな 1973年生まれ。東京都出身。日本女子大博士(学術)。山形大人文学部助教授や日本女子大家政学部准教授などを経て、2018年から現職。専門は労使関係論。

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