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「記者書評」・児玉博著・「トヨタ 中国の怪物」 大転換の立役者、その人生

 旧満州(現中国東北部)で生まれそのまま中国で育ち、帰国後に現在のトヨタ自動車に入社。同社の中国事務所総代表に就任して低迷していた中国市場を大転換させ、上司だった豊田家の御曹司、豊田章男氏が社長になる道筋を付ける―。

「トヨタ 中国の怪物」
「トヨタ 中国の怪物」

 本書は、日本人離れした手腕を発揮してトヨタの市場拡大に寄与した服部悦雄(はっとり・えつお)氏の半生を描いたノンフィクションだ。20時間以上かけた本人へのインタビューを基に、その波瀾万丈な人生をたどりながら中国現代史の暗部や日本を代表する自動車メーカーの内実を浮かび上がらせた。
 1943年生まれの服部氏は2歳の時に敗戦を迎えたが、家族はそのまま中国に残ることを選ぶ。積極的に中国語で会話する父と、家の中では日本語しか使わなかった母。学校では中国の教育を受けているのに、同級生らから「日本の小鬼」とはやし立てられた。
 毛沢東率いる中国共産党が国家の体制づくりを急ぎ、政治的な動乱を巻き起こした時代。「自分は何者なのか」との疑問を抱きながらも勉学に励み大学に進学するものの、いや応なく過酷な体験を重ねることになる。
 大増産政策「大躍進」運動の失敗による深刻な飢えに、冬はマイナス20度にもなる環境で実質的な強制労働をさせられた「文化大革命」…。中国で生きることに限界を感じ27歳で日本に渡った。何千万人もの命が奪われた激動の時代を一人の日本人が生き抜いたという事実に改めて驚かされる。
 トヨタ時代は誰よりも中国を知る男として中国を飛び回り、悲願のフルラインアップでの乗用車生産への道を切り開いた。にもかかわらず社内からは「暴走している」「服部は中国人だ」との陰口もたたかれ、約束された役員への就任も実現されることはなかった。
 「きれいに死ぬよりも、惨めに生きたほうがまし」。服部氏は本書で「中国人の本質」をそう語る。読後にその言葉の重みがずしりと響いてくる一冊だった。(田北明大・共同通信記者)
 (文芸春秋・1870円)

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