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核心評論「W杯と湾岸諸国」 世界の格差、考える祭典に 後背地に貧困と紛争

 サッカー・ワールドカップ(W杯)カタール大会が閉幕した。砂漠に摩天楼が林立するペルシャ湾岸諸国の発展と安定に、目を見張ったファンも多いだろう。だが湾岸は、貧困渦巻くインド亜大陸とシリアなど紛争国に近接しながら、資源の力で繁栄を得た地域だ。後背地の途上国に視野を広げると、世界の深刻な格差が浮かぶ。
 カタールやアラブ首長国連邦(UAE)などは、建設業を中心にインドやネパール、パキスタンといった国からの外国人労働者に依存する。その待遇が劣悪だとして、欧米諸国はW杯を機にカタールを厳しく批判した。
 筆者は1996~98年のクウェート滞在以降、湾岸各国を訪れ、地道に働く外国人労働者を目にしてきた。その後、インドに駐在して感じたのは、彼らの母国の労働環境が湾岸よりさらに過酷だということだ。
 1人当たりの国民総所得(GNI)は日本やカタールの数十分の1。ヒマラヤの奥地でヘルメットも着けず、素手にサンダル履きで土木作業をする人々を幾度も見た。2015年のネパール大地震の被災地には、女性や高齢者ばかり。男性は出稼ぎで不在だった。
 教育がなく貧しい現地の人々からすれば、欧米や日本が門戸を閉ざしているのに対し、湾岸諸国は働き口をくれる場所と映る。カタールの大学関係者は人権批判に「バランス感に欠ける」と反発していた。劣悪な環境と批判されても、なお人が集まる背景にも議論が及んでほしい。
 また今大会は、紛争地が多い中東での開催ながら、シリアやイエメンの内戦がほとんど話題にならなかった。湾岸諸国は、社会の不安定要因となる難民受け入れに消極的とされる。人権を守る欧米の側からも、W杯を機に紛争解決を呼びかける声は目立たなかった。
 シリアでは11年からの内戦で40万人以上が死亡、約660万人が難民となった。多くが同じ中東のトルコやレバノンに避難している。
 21年の東京五輪のさなか、レバノン東部の難民キャンプでは、ごみから拾ったボールで子どもたちが遊んでいた。アラブ人はサッカーが大好きだが、難民の身分は不安定で、指導者は「競技大会に参加できない」と嘆いた。「平和の祭典」といわれる五輪さえ、難民キャンプにその声は届いていなかった。
 世界中から観客を集める国際的なスポーツ大会を、カタールのようにインフラが整い、治安が良い国で開くのは理解できる。だからこそ、W杯の掲げた共生の理念が、祭典の蚊帳の外に置かれてきた後背地にも向けられたらと思う。
 W杯の競技場建設に従事したネパール人は言う。「サッカーよりも、金と仕事が大事だ」(米紙ニューヨーク・タイムズ)。栄光と熱戦の陰にあった厳しい格差を考え、少しずつ世界の共生につながることを願いたい。(共同通信記者 高山裕康)

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