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東日本大震災13年 “本丸”デブリなお遠く 福島第1原発、大熊町ルポ【ニュースを追う】

 東日本大震災から13年。原発事故のあった東京電力福島第1原発と復興が進む福島県大熊町を取材した。原子炉建屋は採取開始の延期が繰り返される溶融核燃料(デブリ)が極めて高い放射線を発し続けている。一方、同町内は建て直された公共施設や住宅が“近未来都市”のように整然と並び先進的な教育も始まった。日本記者クラブの取材団に参加し、復興に歩みを進める同町と背負い続ける廃炉の困難な道のりを追った。(社会部・吉田史弥)
福島第1原発5号機の原子炉圧力容器直下のペデスタル=1月31日(代表撮影)
採取3度延期、廃炉進まず
廃炉作業が進む東京電力福島第1原発1号機=1月31日(代表撮影)
 福島第1原発5号機の原子炉建屋1階の薄暗い通路を進んだ先に重厚な扉が見えてきた。案内役の東京電力ホールディングス廃炉コミュニケーションセンターの担当者が扉を開けると「アビニョンの橋で」のメロディーが二重扉の中で不協和音となり、壊れたおもちゃのように鳴り響いていた。
 廃炉最大の難所とされるデブリ除去―。最も内部調査が進む2号機で2023年度内の採取開始を予定したが、24年1月に同10月まで延期となった。構造が同じ5号機に入り、実際の2号機で想定する原子炉格納容器側面の貫通部から、デブリを採取する流れについて担当者の説明を聞いた。

小さな貫通部
福島第1原発5号機の原子炉格納容器内側から見た貫通部=1月31日(代表撮影)
 「こちらがX6ペネになります」。担当者が格納容器の内外を結ぶ定期検査用の貫通部(ペネトレーション)を指で示した。穴の内径55センチで奥行き2・4メートル。子どもが通れるかどうかというほどの穴が足元に開いていた。10月までに予定するデブリの取り出しはあくまで「試験的採取」。2号機で同様の貫通部から釣りざお状の装置を伸ばして、内側の原子炉圧力容器下部に溶け落ちたデブリを耳かき一杯程度の数グラム取り出す予定。今後、採取したデブリの性状を分析し、本格的な取り出し作業につなげる流れを想定している。
 防護服を着用し、5号機の格納容器内側にある原子炉圧力容器真下の作業スペース(ペデスタル)に入った。貫通部入り口から圧力容器まで約7メートル。2号機では、この距離に釣りざお状の装置を伸ばしてデブリの採取を試みる。思っていたより遠く見えた。直径4メートルほどのペデスタル内は、頭上に丸い筒状の制御棒を動かす装置やケーブルが広がっている。しゃがんでいないと、身動きが取りにくいほど低く狭い。
 事故当時、運転中だった実際の2号機の場合は作業スペース内に配管が張り巡らされ、より狭い。真っ暗な中で堆積物などを避けながら、ロボットの映像を頼りに作業を進めることになるという。さらに、貫通部のふたが閉まっている状態で測った放射線量は毎時1シーベルト。たった6分間で原発作業員の約5年分の被ばく限界量に到達してしまう。担当者は「汚染水処理や燃料の取り出し作業よりも、もっともっとレベルの高い話になる」とデブリ除去作業の難しさをにじませた。

地元の不安
 1~4号機を数十メートル先に望める高台では参加者が持たされた線量計が短時間で「キュイーン キンキン」と甲高い警告音を発した。担当者は高台で津波対策を説明し、「能登半島地震で福島県の方も震災当時を思い出し、対策は大丈夫かとの声もいただいた」と語った。デブリがそこに不安定な状態である限り、原発が抱えるリスクや地元の不安な感情は消えないだろう。
 中長期ロードマップではデブリの取り出し開始目標を21年中としていたが、今回で3度目の延期。担当者は「若干遅れている」とにごし、「スケジュールありきではなく安全を最優先に進めることが重要」と強調した。使用済み核燃料の取り出しや処理水の海洋放出開始、防潮堤建設など進展も見えたが、“本丸”のデブリにはまだ届かない。
 現在、2号機では延期の要因にもなった貫通部内の堆積物の除去作業を進めている状況。1~3号機のデブリは推計約880トンとされる。悲惨な原発事故を起こした廃炉の現場は13年が経過した今も、スタートラインに立っているのかさえ分からない状況に思えた。

吉田淳町長に聞く 移住増、起業後押し
町役場で復興状況や展望を語る吉田淳町長=2月1日、福島県大熊町
 東京電力福島第1原発事故の影響で全町避難を経験した大熊町。2019年4月に避難指示が解除された大川原地区復興拠点は、町役場新庁舎や公営住宅、交流施設などが整備された。22年6月には特定復興再生拠点区域の避難指示が解除されるなど住民の受け入れ準備が進んでいる。3月1日時点で住民登録は493世帯646人。住民票を持たない人を加えて約1100人が町内に暮らしている。町の展望や複合災害への備えを吉田淳町長に聞いた。
 ―町の現状は。
 「帰還者よりも移住者が多い。移住希望者の話もあるが、なかなか住宅が追いつかない。もともと人口1万人の町。まずは約4千人を目指している。そのために働く場や住む場の整備を進めている。人口が1回ゼロになり、土地が使えるようになった。ようやくスタートラインに立った感覚」
 ―首都圏など県外からの移住者が多い理由は。
 「学校を整備したことが大きい。建物が新しいのもあるが、教育内容に共鳴されているようだ。起業を目指す施設『大熊インキュベーションセンター』を作ったことも、魅力に感じてもらっているのだと思う。移住者と帰還者、どちらも増えてもらえたらうれしい」
 ―東電に求めることは。
 「廃炉は30~40年と言われている。早ければ早い方がいいが、着実に安全に進めてもらうのが大前提。東電や国からデータは公表されている。異常なデータは出ていないと言われているが、隠すことのないように確認していくことが大切」
 ―浜岡原発での再稼働の動きをどう感じているか。
 「浜岡原発には地元の地域の考えがあるだろうし、そちらに対して私が何か言える立場ではない。ただ一つ、避難計画はきちんと考えておかないといけない」
 ―広域避難計画の実効性を高めていくには。
 「われわれは避難途中に発電所が爆発して被災する悲惨な状況にはならなかった。それは道路が生きていて、バスで避難できたから。国道288号が田村市や郡山市につながっていた。風向きにもよるが、道路を確保しておくことが一番大事」

学校運営再開、先進的校舎に 教育で地域復興
「学び舎ゆめの森」の校舎中心部「図書ひろば」で展望を語る南郷市兵校長=2月1日、福島県大熊町
 2023年、福島県大熊町内では原発事故から12年ぶりに学校運営が再開した。避難先だった同県会津若松市から帰還し、小中学校や認定こども園を一体化した「学び舎(まなびや)ゆめの森」として新たに建設され、授業を始めた。教育環境を目的とした移住者を含む0~15歳の約40人が同じ校舎で学んでいる。
 校舎に入ると大講堂のような2階部分まで吹き抜けの空間「図書ひろば」が広がる。周囲を囲む本棚に数万冊の本が並ぶ。「ここを中心に、なんでもやる。始業式も卒業式も、町の成人式も」と南郷市兵校長。校舎全体は、ひろばを中心に教室や職員室などが放射状に囲う構造になっている。
 授業は教室に限らず内容に応じてどこでも。職員室前のカウンターが使用頻度が多いという。教員の役割と名称もいわゆる「ティーチャー」から、学ぶ環境を作る「デザイナー」に変えた。「子どもの話を聞くのに適した空間としてこの設計になっている」とした。
 「学校からの創造的地域復興」を掲げる同校。南郷校長は「震災を経験し、人の弱さも優しさも感じてきた大熊だからこそ、ここで本当にいろんな人が支え合うインクルーシブな社会をつくりたい」と見据えた。

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