米国「心の性」認める読み聞かせ 差別に悲しみ、自分表現【境界から】
深みのある中低音のバリトンボイス。濃いアイシャドー、きらめく青いドレス、金色の羽織り物、輝く指輪や耳飾り-。デビーダは性別を超えて華麗な衣装をまとう「ドラァグクイーン」だ。映画から飛び出してきた魔法使いのような“彼女”を子どもたちが見つめる。
本来の私
女装や男装をした大人が子どもに絵本を読み聞かせる企画「ドラァグ・ストーリー・アワー」は2015年に性的少数者の作家が始めた。
厳格なジェンダーの制約に立ち向かう人々を見ることで、子どもが「本当の自分でいられる世界がある」と想像できるようになるのが狙い。各地の図書館や公共施設、書店で開催され、海外にも広がった。23年7月には東京でも開催された。
デビーダと一緒に登場したマーティ・マクガイ(34)は、鼻ひげに男装の「ドラァグキング」。読み聞かせの前にバケツからぬいぐるみを出す余興を披露すると大きな笑い声が上がる。
デビーダは性自認が男女のどちらにも当てはまらない「ノンバイナリー」だ。男性として育てられたが、小さい頃から女の子のおもちゃや人形遊びの方が好きだった。
19歳でドラァグクイーンとして初めてナイトクラブの舞台に上がり実感した。「これが本来の私の姿だ」と。
出身地の同州はキリスト教福音派が多い「バイブル(聖書)ベルト」に位置し、同性婚の禁止を求める保守的な人々が多い。周囲の理解は得られず、母親に打ち明けたが激高された。自身も重度のノイローゼになり、大学も中退した。
1990年代はエイズ流行の余波で同性愛者への偏見が激しかった。ナイトクラブでは薬物乱用や銃撃事件も起きた。「居心地が悪かった」。大好きな舞台から一時遠ざかった。
転機は夫との出会いだった。ありのままの自分を認め、理解してくれた。今は大学で社会福祉の講義を受け持つ傍ら、夫とイベント会社を設立し舞台活動も続ける。「私はバイブルベルトで一番のパフォーマーなの」と笑顔を見せる。
標的
性的少数者の権利は米社会を二分する問題だ。
11月の大統領選で再選を目指す民主党のバイデンはリベラル派が支持層で権利擁護を掲げる。返り咲きを狙う前大統領トランプは自身を支える保守派にすり寄る。
共和党が優勢の州では性的少数者の権利を制限する州法が成立した。出生時の性別に基づく公共トイレ利用を義務付ける。授業で性的指向の話題を取り上げることを規制する。未成年者の性別適合手術を禁じる-。
ノースカロライナ州議会でも、18歳未満の前でドラァグショーなどの上演を禁じる「反ドラァグ法案」を共和党議員が提出した。「好色な興味をそそる」との理由だ。
「性的少数者への差別をあおって政治問題化している」とデビーダ。保守派の政治家は以前はゲイやトランスジェンダーに関心すら払わなかったのに、今は票を得るために標的にしているように感じる。マクガイも「彼らは私たちが性的なダンスをしていると勘違いしている。あまりにも無知だ」と肩を落とす。
全米各地での子どもへの読み聞かせも脅かされている。「トランプ氏の軍隊」を自任する極右組織プラウド・ボーイズのメンバーが抗議活動を展開。一部では主催者側ともみ合いになり、けが人や逮捕者も出た。
性的少数者の権利擁護団体GLAADの調べでは、22年初頭から23年3月末までにドラァグ関連イベントへの抗議や脅迫が161件確認された。
希望
デビーダが地元の野球場で開催しようとした読み聞かせ会も殺害予告を受け、主催者の判断で中止に追い込まれた。「胸が張り裂けそうだった」
性的少数者への嫌がらせは潮の満ち引きのように繰り返されてきた。それでも仲間たちはひるまず立ち上がり、世の中の理解は広がった。自分を包み隠さず表現できる今、希望を感じている。
かつての自分のように性自認と周囲との関係に思い悩む若者に伝えたい。「あなたは狂ってなんかいない。無条件であなたを愛してくれる人と会える場所を見つけて。必ずあるから」
一番のお気に入りの絵本は、作家スコット・スチュワートの「僕の影はピンク」だ。
女の子の衣装を着たいと願う男の子が主人公。最初は戸惑いを見せた父親から自分の「心の性」を認められるようになり、喜びにあふれる。
物語はこう結ばれる。「僕は人と違うかもしれない。でも違うって何より素晴らしいことなんだ」
(敬称略)
人生を賛美する
「今夜、ドラァグショーがある。来てみない?」。読み聞かせを取材した教会で出会った牧師が声をかけてくれた。キリスト教右派は同性婚反対の立場を取ることで知られる一方で、性的少数派を理解し、支えようとする信者もたくさんいる。
近くのバーで開かれた「夜の部」では、きらびやかなドラァグクイーンが踊りと歌で人生を賛美する姿に圧倒された。彼らのパフォーマンスが聴衆の心を打つのは、自己を肯定するメッセージを全身で表現しているからなのだろう。