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パレスチナ支援機関への資金拠出停止は「ガザ市民への死刑宣告」 食料や医療の「生命線」が断ち切られる恐れ、日本への失望も

 国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)のスタッフ12人がイスラム組織ハマスのイスラエル奇襲に関与した疑惑を受け、日本や欧米諸国を含む15カ国以上が資金拠出の一時停止を発表した。UNRWAの管理強化や適切な対応を求めるためだが、イスラエル軍が地上侵攻するパレスチナ自治区ガザでは、170万人が自宅を追われUNRWAの支援に依存せざるを得ないのが実態だ。拠出停止が長期化すれば、人道危機の深刻化が懸念され、ガザ市民からはこれまで支援してきた日本に対する失望の声も上がる。(共同通信エルサレム支局・平野雄吾、ウィーン支局・岡田隆司)

イスラエル軍に自宅を破壊され、テント生活を送る男性=28日、パレスチナ自治区ガザ南部ラファ(ゲッティ=共同)
イスラエル軍に自宅を破壊され、テント生活を送る男性=28日、パレスチナ自治区ガザ南部ラファ(ゲッティ=共同)
イスラエル・ガザ地区の地図
イスラエル・ガザ地区の地図
避難民が多く集まるUNRWA運営の学校=1月28日、パレスチナ自治区ガザ南部ラファ(ハッサン・エスドゥーディ撮影、共同)
避難民が多く集まるUNRWA運営の学校=1月28日、パレスチナ自治区ガザ南部ラファ(ハッサン・エスドゥーディ撮影、共同)
UNRWA運営の学校敷地内にテントを張り、避難生活を送るハニ・サレハさん(左)=1月28日、パレスチナ自治区ガザ南部ラファ(ハッサン・エスドゥーディ撮影、共同)
UNRWA運営の学校敷地内にテントを張り、避難生活を送るハニ・サレハさん(左)=1月28日、パレスチナ自治区ガザ南部ラファ(ハッサン・エスドゥーディ撮影、共同)
UNRWAへの資金拠出を一時停止した主な国
UNRWAへの資金拠出を一時停止した主な国
パレスチナ自治区ガザ南部ラファで、食料を求める人々=1月31日(ゲッティ=共同)
パレスチナ自治区ガザ南部ラファで、食料を求める人々=1月31日(ゲッティ=共同)
閣議で発言するイスラエルのネタニヤフ首相=1月7日、テルアビブ(ロイター=共同)
閣議で発言するイスラエルのネタニヤフ首相=1月7日、テルアビブ(ロイター=共同)
2月1日、パレスチナ自治区ガザ南部ラファで、友人や親族を失い嘆き悲しむ人々(ゲッティ=共同)
2月1日、パレスチナ自治区ガザ南部ラファで、友人や親族を失い嘆き悲しむ人々(ゲッティ=共同)
イスラエル軍に自宅を破壊され、テント生活を送る男性=28日、パレスチナ自治区ガザ南部ラファ(ゲッティ=共同)
イスラエル・ガザ地区の地図
避難民が多く集まるUNRWA運営の学校=1月28日、パレスチナ自治区ガザ南部ラファ(ハッサン・エスドゥーディ撮影、共同)
UNRWA運営の学校敷地内にテントを張り、避難生活を送るハニ・サレハさん(左)=1月28日、パレスチナ自治区ガザ南部ラファ(ハッサン・エスドゥーディ撮影、共同)
UNRWAへの資金拠出を一時停止した主な国
パレスチナ自治区ガザ南部ラファで、食料を求める人々=1月31日(ゲッティ=共同)
閣議で発言するイスラエルのネタニヤフ首相=1月7日、テルアビブ(ロイター=共同)
2月1日、パレスチナ自治区ガザ南部ラファで、友人や親族を失い嘆き悲しむ人々(ゲッティ=共同)

 ▽「飢え死にする」
 避難者の大多数が押し寄せるガザ南部ラファ。UNRWA運営の学校には、色とりどりの洗濯物が干され、中庭には、校舎に入りきらない避難者がテントを張っている。
 「UNRWAの支援がなくなれば、多くの住民が飢え死にする」。1月下旬、家族12人と避難生活を送るハニ・サレハさん(66)が共同通信ガザ通信員ハッサン・エスドゥーディーの取材に嘆いた。
 「週に2回、ツナ缶や豆などの食料が配給される。現状でも足りないのに、なくなったらどうなるのか…」
 ガザではこれまでにも、ハマスとイスラエル軍の戦闘が繰り返され、そのたびに多数の市民が死亡、住宅の破壊も相次ぐ。失業率は高く、生活に希望を失う若者たちはガザを離れ、海外での生活を夢見るケースも多い。
 ハマスが武力で制圧、実効支配を始めた2007年以降、ガザはイスラエルの境界封鎖下に置かれる。域外との物資搬出入や人の往来は制限され、昨年10月7日に始まった今回の戦闘前から「天井のない監獄」と呼ばれてきた。現在のイスラエル軍とハマスの戦闘は、そんなガザ市民の苦境に拍車をかける。UNRWAは現在、運営する学校を中心に150カ所の避難所を開設、60万人以上の市民を受け入れる。食料や毛布、衛生用品を提供し、各避難所に医師らも派遣する。人道危機の深刻化するガザで、「現場で基本的サービスを担う最も重要な組織」(国連関係者)だ。
 「UNRWAへの資金拠出の停止はガザ市民への死刑宣告に等しい」
 ラファに避難するフサム・アブハマドさん(48)は拠出停止の動きに憎しみを露わにした。
 ▽UNRWAは難民にとって「生命線」
 米紙ニューヨーク・タイムズによると、イスラエルはUNRWAの学校職員らが奇襲や女性誘拐、弾薬提供などに関わったとみている。国連は関与したとされるスタッフを解雇し、調査に乗り出した。イスラエルを支援するバイデン米政権が奇襲疑惑を理由に1月26日に拠出の一時停止を発表、日本やドイツ、フランス、イタリア、スイス、オーストラリアなども米国に追随した。
 ある外交筋は、一時停止について「簡単な決定ではなかった」と説明する。「特に戦闘中に(UNRWAが)パレスチナ人の生活のために果たす重要な役割をよく認識している」としつつ、その上で疑惑について「深刻」で解明が必要だと強調した。別の外交筋も、UNRWAが長年にわたりパレスチナ人に対して果たしてきた仕事の重要性を理解しており、自身の国は多額を拠出していると指摘。一時停止については「ほかの拠出国と協調した」対応で「イスラエル攻撃に使われていないことを確実にするために必要だ」と主張した。
 一方、ノルウェーのアイデ外相は1月31日、資金拠出停止がガザの人道状況に「幅広い影響」を与えるとロイター通信に述べ、停止を発表した国に対して再考を促している。アイデ氏は、ガザで人道支援に携わるUNRWAは難民にとって「生命線」で、これまで以上に国際的な援助が必要だと主張。「連帯責任を避けるため、個人の行為とUNRWAの活動を区別する必要がある」と訴えた。
 ▽イスラエル、UNRWA解体要求
 イスラエル政府は1月下旬にUNRWAスタッフによる奇襲攻撃への関与疑惑を発表した後も、UNRWA非難を続ける。ネタニヤフ首相は1月31日、東欧など8カ国の国連大使とエルサレムで会談、「国際社会はUNRWAの役割が終わったと認識すべきだ」と述べ、解体する必要があると強調した。以前からイスラエルには、「UNRWAは反ユダヤ主義的だ」と非難する勢力がおり、今回の奇襲関与疑惑を契機にUNRWA解体に向けた国際世論を誘導しようとの思惑も指摘される。そもそも、イスラエル政府がバイデン米政権に奇襲関与疑惑を理由にUNRWAへの資金拠出の一時停止を促したと伝えられる。
 UNRWAは1949年12月の国連総会決議に基づき設立され、1950年から活動を始めた。1948年のイスラエル建国に伴い、自宅を追われた70万人のアラブ系難民(パレスチナ難民)の支援が任務で、ヨルダンやシリア、レバノン、ヨルダン川西岸、ガザ地区で教育や医療を提供、日本政府は1953年からUNRWAへの拠出を始めた。2022年の拠出額は約3千万ドル(約44億円)で、米国やドイツ、EU、スウェーデン、ノルウェーに次ぐ6位となっている。パレスチナ難民の数は増え続け、現在では約590万人が登録し、UNRWA職員として約2万人が教師、約3万人が医療関係の仕事に従事する。UNRWAは国連の中で最多職員数を誇る機関となっている。
 UNRWA設立に先立つ1948年12月、国連総会はパレスチナ難民の故郷帰還権を認める決議案を採択した。イスラエル軍、あるいは建国前のユダヤ系民兵組織に武力で自宅や財産を奪われ難民になったパレスチナ人に対して、現在はイスラエル領となった故郷への帰還、もしくは金銭的補償をうたった。国連総会は1949年5月、イスラエルの国連加盟を認める決議案を採択したが、その際の討議で、イスラエルのアバ・エバン国連代表(当時)はパレスチナ難民の帰還権を認める前年の総会決議を順守すると誓っている。
 だが、イスラエルはパレスチナ難民の帰還問題を事実上放置してきた。現在イスラエル領となったパレスチナ人の故郷に大量の難民が帰還すれば混乱が生じる上、人口構成上も「ユダヤ人国家」を保てなくなる恐れがあるためだ。故郷帰還権を主張するパレスチナ難民を支援するUNRWAは「難民帰還権の象徴的な存在」(国連関係者)で、対パレスチナ強硬派の右派や極右勢力が力を持つイスラエル国内では近年、特に批判の対象となっている。
 イスラエルのシンクタンク「ミスガブ国家安全保障・シオニズム戦略研究所」のアディ・シュバルツ氏はこう主張する。
 「UNRWAが存在するせいで、パレスチナ難民はイスラエル領となった故郷への帰還という夢を見続けることができ、パレスチナ問題の解決を不可能にしている。パレスチナ難民は75年もパレスチナに暮らしており、もはや難民ではない。資金拠出の停止は正しい方向で、資金がなくなれば、自然と消滅する。UNRWAは解体すべきだ」
 一方、カナダ・クイーンズ大のアルディ・イムセイス助教(国際法)は「イスラエルの中には誤解している人もいるが、UNRWAを解体しても、国際法で保護されているパレスチナ難民の帰還権が消滅することはない。UNRWAを代替できる機関はほかにはどこにもない」と指摘している。
 ハマスの奇襲攻撃から始まったガザ戦闘はUNRWAの議論にまで発展、言い換えれば、難民帰還権というパレスチナ問題の根源的な問題を浮き彫りにする事態をも引き起こしている。
 ▽日本にはこれまで感謝していたが…
 拠出金の一時停止を巡り、ガザ住民からは憎しみの声が上がる。
 「仮に約10人が奇襲に関与していたとして、なぜパレスチナ人全体が罰を受けるのか」
 ラファのアクラム・バハアさん(37)は、拠出停止はガザ全体への「集団的懲罰だ」と憤った。「戦闘開始前も後もガザでUNRWAが果たしている役割は大きい。その存在がなくなれば、大災害となるだろう」
 日本による支援をきちんと理解しているガザ市民も憤る。フサム・アブハマドさん(48)は「日本にはこれまでの支援に感謝していたが、停止と聞いて失望した。結局日本は米国に追随するだけなのか。日本に対する見方が変わった」と話した。
 国際司法裁判所(ICJ、本部オランダ・ハーグ)は1月26日、ガザ戦闘を巡り、イスラエルに対しジェノサイド(民族大量虐殺)上の義務を順守し、ガザへの人道支援物資搬入を強化するよう仮処分命令を出した。米国によるUNRWA職員の奇襲関与疑惑が発表されたのも同じ日で、意図的な発表だとの指摘もある。
 前述のイムセイス教授は「メディアの注意をイスラエル批判からそらすためにあえて、ICJの仮処分命令の直後に発表したのだろう」とみる。
 「人道支援を増やすように命じられた直後に、各国が人道支援機関への拠出停止を発表するのはナンセンスで、まるでジョージ・オーウェル的世界(ディストピア=暗黒社会)だ」
 国連のアルバネーゼ特別報告者(パレスチナ自治区の人権担当)はICJ仮処分命令に触れ、「停止の動きはジェノサイド(民族大量虐殺)条約上の義務違反に当たる可能性がある」と指摘している。

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