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【楽読 楽書】時代歴史小説「香子(一)紫式部物語」ほか 静かな感動をもたらす(細谷正充/文芸評論家)

 今年のNHK大河ドラマ「光る君へ」の主人公は、「源氏物語」の作者として知られる紫式部である。だからだろう。紫式部を題材にした小説が次々と出版されている。その中で決定版といえるのが、5カ月連続刊行の、帚木蓬生の大作だ。「香子(一) 紫式部物語」(PHP研究所・2530円)は、その第1弾である。

「香子(一) 紫式部物語」
「香子(一) 紫式部物語」

 物語は香子(後の紫式部)が8歳のときから始まる。漢詩人の父、藤原為時から優れた資質を認められ薫陶を受ける香子。決して豊かではないが、文化的に恵まれた環境で成長していく。宮中への出仕を始め、さまざまな体験をした彼女は、越前守に父が任ぜられたことから、一緒に下向した越前の地で、物語を書き始めるのだった。
 悲しい出来事もあるが、1巻の時点では、極端にドラマチックなエピソードは出てこない。政治状況や時代の動きも、まだ背景にとどまっている。それでもスラスラ読めるのは、香子の成長が気持ちよく描かれているからだろう。彼女が今までに積み重ねてきた知識や体験に押されるように源氏物語を書き出す場面は、静かな感動があった。
 また、それを読んだ香子の父母の感想を通じて披露される、著者の源氏物語への解釈も興味深い。かくして生まれた物語と、その作者の人生がどうなるのか。続きが楽しみでならないのだ。
 車浮代の「気散じ北斎」(実業之日本社・1870円)は、絵師の葛飾北斎と、その娘のお栄(応為)の、数十年にわたる人生をつづった歴史小説だ。娘と書いたが、本書のお栄は北斎の後妻の連れ子である。血のつながりはない。作者はまず北斎の前半生をテンポよく描く。そしてお栄と出会った北斎が彼女の絵の才能を見抜き、強い絆で結ばれる様子を活写するのだ。
 本書が面白いのは、絵師としての北斎を秀才型、お栄を天才型にしていることだ。その他にも東洲斎写楽を売り出した版元の蔦屋重三郎の狙いなど、注目すべき点は多い。終盤のサプライズにも感心した。
 北斎とお栄の人生には、不明な部分がある。作者はこれを活用し、巧みなストーリーを組み立てた。そして絵に執着する、血のつながりのない父娘の、魂のつながりを描き切ったのだ。
 (細谷正充・文芸評論家)

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