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アカウミガメの産卵減少 御前崎 80年代「混獲」の受難世代 【ニュースを追う】

 絶滅危惧種アカウミガメの産卵数が多いことで全国的に有名な御前崎市で、親亀の上陸産卵数が減少している。全盛期だった1985年ごろは旧御前崎町だけで年間約250回の産卵があったが、直近5年間は旧浜岡町分を加えた市域全体でも産卵が年間80回を下回っている。専門家は主な原因として、漁業の際に意図せずにアカウミガメを捕獲してしまう混獲被害を挙げる。地元では砂浜に産み落とされた卵を採取し、安全な場所でふ化させる保護活動を続けているが、近年は卵を移植することへの生態系への悪影響も指摘されている。

アカウミガメの混獲被害のイメージ
アカウミガメの混獲被害のイメージ
アカウミガメの卵を砂浜から掘り起こす保護監視員=6月上旬、御前崎市
アカウミガメの卵を砂浜から掘り起こす保護監視員=6月上旬、御前崎市
アカウミガメの混獲被害のイメージ
アカウミガメの卵を砂浜から掘り起こす保護監視員=6月上旬、御前崎市


回遊中、漁の網に掛かる被害 成熟迎えるはずが個体数少なく
 アカウミガメは産卵時、砂浜に深さ約50センチの穴を掘り、卵を産み落とす。ふ化した子亀は潮の流れに乗って北太平洋を回遊しながら成長し、北米大陸沿岸や東シナ海などを巡り、性成熟する約40年後、メスは再び日本沿岸に産卵のために戻ってくる。黒潮がぶつかる御前崎市は浜岡砂丘に代表されるような砂浜が広範囲に形成され、アカウミガメの産卵に適した場所になっている。産卵数は市が統計調査を開始した1981年から2017年までの間、ほぼ毎年のように市内全体で100回以上が確認され、多い年は300回以上が産卵していたという。
 しかし、1980年からアカウミガメの回遊ルートである北太平洋で、マグロやイカなどを狙った遠洋漁業の公海流し網漁やはえ縄漁が活発に繰り広げられ、海洋動物の混獲被害が深刻化。アカウミガメを含むウミガメ類や海鳥類の被害が顕著だった。当時、米国では、動物保護団体が漁業者らに対して混獲防止を訴える裁判を起こし、勝訴したため、資源管理策が講じられるまで一時、はえ縄漁が禁止になることもあった。
 そのため、1980年代に日本を旅立ったアカウミガメが戻ってくる2020年ごろ以降は全国的に産卵回数が激減。市内では旧御前崎と旧浜岡の両町を合わせても産卵数が100回を下回るようになり、21年は過去最少の26回を記録した。
 日本ウミガメ協議会の松沢慶将会長は1980年代に生まれたアカウミガメを「受難の世代」と指摘し、「本来はもっと個体数が多かったはずだが、回遊中に混獲被害に巻き込まれて数が減ってしまった」と分析。「北米側へ渡る際に混獲を免れても日本に戻る途中で被害に遭うケースもあった。ここ4、5年で産卵上陸した親亀は混獲を免れて運よく生き延びた個体だ」と話す。
 一方、公海の流し網漁は国連決議を受けて1992年末に操業停止になった。はえ縄も2000年代後半以降は混獲されない工夫が施されるなど、混獲被害が縮小。1990年代に生まれた子亀が産卵適齢期になる2030年代ごろには、アカウミガメの産卵数が増加するのではないかとの予想もある。

保護活動の在り方 全国で見直しの動き
 御前崎市ではアカウミガメの産卵期の5月中旬から8月末まで、市から委嘱を受けた保護監視員8人が砂浜に産み落とされた卵を全て採取し、高波や外敵の捕食から守るため海岸から離れたふ化場へ運んでいる。ふ化するまでの約2カ月間は人為的に管理し、子亀が生まれると海へ放つ。旧御前崎町だった1972年に始まった伝統的な取り組みだ。
 80年には学術的に価値が高いとして「御前崎のウミガメ及びその産卵地」が国の天然記念物に指定された。地元の御前崎小では毎年、教育活動の一環で子亀を飼育するなど地域に保護文化が根付いている。保護監視員の活動歴18年の良知正美さん(82)は「御前崎市民が長年にわたりウミガメを大切にしてきた証し」と強調する。
 しかし、近年は卵を人為的に管理することで生態系への悪影響が指摘されている。ウミガメの生態繁殖に詳しい高知大総合研究センターの斉藤知己教授(三島市出身)は「アカウミガメの卵は性の決まる時期に29度付近より高い砂中温度を経験すると、子亀の性がメスになる」と説明し、「卵を特定の均一な環境下に集めることで子亀の性比が偏ってしまう可能性がある」と警鐘を鳴らす。実際、今年の御前崎市内のふ化場の砂の温度は日中35度前後に達した。
 ふ化場へ移植する際にも卵に振動や回転が加わることでアカウミガメの胚の正常な発達を阻害する恐れがあるほか、ふ化率低下も懸念されている。
 こうしたリスク要因を受けて全国有数のアカウミガメ産卵地である宮崎県では、3年ほど前から保護活動方法の一部を見直した。卵を全て採取するのではなく、高波にさらわれる危険性が高いなど「やむを得ない場合」に限り、卵を同じ砂浜内の安全な場所へ移し、なるべく自然な形での保護を意識しているという。
 ただ、近年は砂浜の浸食が急速に進み、アカウミガメの産卵環境が悪化しているのが実情だ。天竜川へのダム建設などが原因で海へ流れる砂が減り、御前崎市内では約60年前と比べ、場所によっては砂浜幅が100メートルも削られた。斉藤教授は「卵の保護方法だけでなく、砂浜保全を前提にした産卵環境の改善をしなければ」と語る。

甲羅にセンサー装着 海中の様子明らかに 気象予測の精度向上にも
 「アカウミガメが気象予測に役立つ」。そう語るのは東京大大気海洋研究所の佐藤克文教授だ。アカウミガメは一生涯のほぼすべてを海中で過ごすため生態は解明されていない点が多いが、甲羅にデータロガー(小型記録計)やセンサーを装着し、海洋動物の行動やその周辺環境を調べる「バイオロギング」の調査手法で少しずつ海中での様子が分かってきた。
 バイオロギングが専門の佐藤教授は、小型映像カメラや計測機器を取り付けたアカウミガメを海に放ち、行動を観察した。すると、捕食シーンを捉えたほか、海面付近から深さ約100メートルまでの潜水を頻繁に繰り返していることなどが判明。最大400メートルまで潜ることもあり、深度ごと海水温の計測もできたという。
 現在、海の表層温度は人工衛星で測り、海中温度の測定は深さ2千メートルまで潜る自動昇降ブイ「アルゴフロート」を活用している。だが、ブイが潜水するのは10日に1回のみ。佐藤教授はアカウミガメの特性を生かすことで「膨大な海の水温データを3次元で収集でき、気象予測の精度向上が期待できる」と話し、「海洋動物の保護は将来、私たち人間の暮らしに貢献する可能性を秘めている」と指摘する。
 (御前崎支局・市川幹人)

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