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テーマ : 裁判しずおか

繰り返された悲劇「冬生の時に動けば」 福岡の遺族 憤りと喪失感【届かぬ声 子どもの現場は今㉗/第5章 命と責任㊥】

仏壇に供えた倉掛冬生ちゃんの遺影を見つめる母。1年余りで悲劇が繰り返されたことに心を痛める=22日、福岡県中間市
仏壇に供えた倉掛冬生ちゃんの遺影を見つめる母。1年余りで悲劇が繰り返されたことに心を痛める=22日、福岡県中間市

 日本の近代化を支えた炭鉱町の面影を残す福岡県中間市。「ちくてつ」の愛称で親しまれるローカル線、筑豊電気鉄道の走行音が時折響く閑静な住宅街に2021年7月の送迎バス置き去り事件で亡くなった倉掛冬生[とうま]ちゃん=当時(5)=の自宅はある。
 「何と言ったらいいのか…」
 冬生ちゃんの母(39)は牧之原市の事件を思い、声を詰まらせた。耐え難い苦しみを経験しているからこそ、河本千奈ちゃんというまな娘を失った両親にかける言葉が見つからない。
 21年7月29日の朝。冬生ちゃんはいつものように保育園の園長=当時=が1人で運転する送迎バスに乗りこんだ。乗っていたのは冬生ちゃんを含む1~5歳児7人。午前8時35分ごろ、園舎の目の前の駐車場に着いた。園長と、園舎から出て降車補助に当たった保育士は冬生ちゃんに気付かないまま、他の園児6人を降ろした。
 冬生ちゃんは“無断欠席”の状態だったが、担任らは保護者に確認をしないまま「事故欠」(体調不良以外の理由で欠席)と出席簿に記入した。午後5時20分ごろ、変わり果てた姿でバスの中に横たわる冬生ちゃんが発見された。
 事件後、母は体調を崩した。水も飲めずに亡くなった冬生ちゃんを思うと、体が水分を受け付けなくなった。冬生ちゃんは生後半年の頃から保育園に通っていた。園長らにとってはよく知る園児の一人だっただけに、取り残されたことがショックだった。
 高圧的な園長に対して職員が意見を言いにくく、園児に対する体罰や暴言が日常的に行われていたことも、後に中間市の報告などを見て分かった。「そういう環境が(事件に)つながったと思います」と冬生ちゃんの祖父(70)は言う。
 事件の初公判を間近に控えた22年9月5日、静岡県で新たな悲劇が起きた。「あれだけ冬生の事件が取り上げられたのに」と母は憤る。祖父は同様の事件を起こした川崎幼稚園(牧之原市)にも、国にも、疑問を向ける。「真剣に捉えていなかったんやないですか。国が義務化した安全装置だって、冬生の時に動いていれば静岡の事件は起きなかったかもしれない」
 冬生ちゃんも千奈ちゃんと同じで、笑顔の似合う活発な子だった。「にぎやかな子がいなくなった分、家の中は静かになった」と母は唇をかむ。
 刑事裁判は22年11月、園長と保育士を執行猶予付き有罪とした福岡地裁判決が確定した。民事裁判では園長らに損害賠償を求めているが、母の喪失感は何も変わっていない。
 「民事裁判は何かしないといけないな、という感じだけでやっています。やっても冬生は戻ってこないですから」

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