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テーマ : 裁判しずおか

証拠隠しが誤判を生む 再審長期化 体質見直せ 名張毒ぶどう酒事件弁護団長・鈴木泉弁護士【最後の砦 刑事司法と再審/番外編 インタビュー㊦】

 袴田事件の再審開始決定に検察が特別抗告する公算が大きくなる中、検察官抗告の是非が問われている。1961年に三重県で起きた名張毒ぶどう酒事件の再審請求では、無実を訴え続けた奥西勝元死刑囚が請求中に獄中で死亡した。約40年にわたり再審弁護を続ける鈴木泉弁護団長は「検察と裁判所の体質を見直さない限り冤罪(えんざい)はなくならない」と指摘する。

 -名張事件では、弁護団が発掘した新証拠から一度は再審開始が出た。しかし検察の異議申し立てにより開始決定が取り消された。
 「5次再審の歯形鑑定、再審開始決定につながった7次の毒物鑑定は大きな成果だった。科学はうそをつかない。ただ、異議審で開始決定を取り消した名古屋高裁の裁判長が依拠したのは結局は自白だった。だが、死刑再審4事件は全て自白事件だ。そういう歴史があるにもかかわらず、『重大事件ではうその自白をしない』という神経を疑う。裁判官は自白調書があってもそれだけに依拠しないで事実認定するべきだ」
 -奥西さんは再審請求中に獄死し、引き継いだ妹も93歳。袴田事件にも共通する再審の長期化の問題は。
 「第7次再審で、一度最高裁は棄却決定を取り消して高裁に差し戻したが、そこで開始決定を出してくれればよかった。今回の袴田再審も同じだ。2020年の最高裁の差し戻し決定でも、5人の裁判官のうち2人が開始決定すべきだと言っていた。なぜ自判して決定を出さなかったのか。(奥西さんの)妹さんの命がある限り戦い続けるが、ご高齢で、親族も引き継ぐことが難しい状況。身内でも、死刑囚の汚名を着せられた状態で、表に出るのは大変なこと。請求人の資格というのはもっと広げるべきだ」
 -裁判官により判断や姿勢が異なることを指す「再審格差」という言葉がある。裁判所に求めることは。
 「請求人側の意見と証拠に真摯(しんし)に向き合ってほしい。これまでの再審で向き合ってくれた裁判官は2人だけだった。新証拠の証拠調べについても裁判所の裁量に任されており、裁判官の善しあしで再審が変わってくる。職権主義が悪い意味で使われている。これを変えるには、裁判官をも縛る具体的なルールが必要だ」
 -名張事件と袴田事件の共通点と、そこから浮かび上がる刑事司法の課題は。
 「共通するのは検察官の証拠隠しが誤判に結びついた点。袴田さんの犯行着衣とされた『5点の衣類』が今回の焦点となったが、検察が隠していた証拠の中に無罪証拠があったということ。衣類写真をもっと前に開示すればこんなことにはならなかった。名張事件でも10次再審で検察が存在しないと言っていた供述調書が出てきた。開示の規定がないので、検察官は平然とうそをつき、裁判所も検察に遠慮して開示を迫らない。その結果、冤罪は晴れない。袴田も名張も、他の事件でも同じ問題にさらされている。やってもいないことで、長いこと獄につながれたり、死刑になったりする、そういう世の中であってはいけない」
 (社会部・佐藤章弘、天竜支局・垣内健吾が担当しました)

 <メモ>名張毒ぶどう酒事件は、三重県名張市で1961年、集落の懇親会で農薬が混入されたぶどう酒を飲んだ女性5人が死亡した。犯行を自白した奥西勝元死刑囚が殺人容疑などで逮捕されたが、公判で無罪を主張。64年、津地裁は無罪判決を出したが、69年の名古屋高裁で死刑判決、72年に最高裁で確定した。再審請求を重ね、2005年の第7次再審で名古屋高裁が再審開始を決定したが、異議審で高裁の別の裁判長が決定を取り消した。10年に最高裁が高裁へ差し戻すも、12年に請求棄却。13年の特別抗告審で確定した。15年に奥西元死刑囚が死亡。妹が請求人となり再審請求。現在、第10次再審で最高裁に特別抗告中。

 すずき・いずみ 1947年、愛知県生まれ。76年弁護士登録。83年、名張毒ぶどう酒事件の第5次再審請求から弁護団に加わり、2002年から弁護団長として再審弁護を続ける。日弁連再審部会(現再審法改正実現本部)の元部会長。


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