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つながり合う「自己」認める(蔭山昌弘/スクールカウンセラー)【思春期の心 支える力 年度末に寄せて㊦】

 十数年前、私の次男が事故で亡くなりました。19歳でした。

(イラスト・矢野晶子)
(イラスト・矢野晶子)

 悲しみと苦しみを抱え、京都・太秦にある広隆寺の弥勒菩薩[みろくぼさつ]を訪ねて祈った時、弥勒菩薩の「自分の苦しみを救ってほしいと祈って、なぜ、亡くなった子どもの魂を救ってほしいと祈らないのだ」という声が聞こえてきました。ハッと気づいて「自分の苦しみしか考えられずに申し訳ありませんでした。どうか子どもの魂を救ってください」と祈ると、左手を伸ばしてきて「よこしなさい私のところへ。私が受けとめてやる」と。もちろん幻聴ですが。激しく泣き崩れてしまいました。この時のことは2006年の著書「四十九日」(静岡新聞社)につづったのですが、弥勒菩薩が私を、そして子どもの魂を丸ごと受けとめると言われた時の心の穏やかさは今もずっと残っています。
 人は皆見えない糸で網の目のようにつながり合って生きています。そのつながり合う全体を、私は「宇宙の命」と呼んでいます。「宇宙の命」の一つとして、人々とつながり合って存在している私を、弥勒菩薩が「受けとめ」てくれたのだと思いました。
 人は一人では弱い存在です。しかし、力を合わせることによってこの地球上に長く生きてきました。つまり「弱さ」と「力を合わせる能力」こそ人間の最大の特長だと思います。その特長を人は心の奥に無意識の声として抱いています。だから網の目のつながりのうちに自分が存在し、それを丸ごと大きな力で受けとめられていることが理解できると、心の奥の安定が得られるのだと思います。
 その「宇宙の命」から直接命を授かる存在が母親です。だから思春期の子どもにとって、母親からの「無条件の愛」こそ「宇宙の命」からの肯定なのです。この「無条件の愛」と「網の目のつながりの理解」が心の奥の「自己」を安定させ、「私は私でいい」と自分を肯定する力を生み出します。「思春期の心を支える力」の源がそこに在るように思います。
 (蔭山昌弘・スクールカウンセラー=静岡市葵区)
 <今回で終了します>

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