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テーマ : 経済しずおか

【時評】顧客に絶大人気のスーパー 他店にない「何か」を持つ(磯辺剛彦/企業経営研究所理事長)

磯辺剛彦氏
磯辺剛彦氏

 最近、流通業界が騒がしくなってきました。先月、携帯大手auを傘下に持つKDDIは、コンビニエンスストアのローソンに対する株式公開買い付けの実施を発表しました。これが実現すれば、親会社の三菱商事と共同経営という形になります。
 気の早い経営評論家やインフルエンサーからは、今回のKDDIによるコンビニ業界への進出後には、携帯電話事業の失敗で巨額の赤字が続いている楽天グループを救済合併するのではないかとうわさされています。ローソンの実店舗と楽天グループの仮想店舗、それぞれの企業が持っている会員データを統合することによって巨大な経済圏が生まれる可能性があるというものです。ただし、私は「実店舗と仮想店舗を統合することによるメリット」は幻想だと思います。
 このニュースと同じ頃、総合スーパーのイトーヨーカドーが首都圏集中の一環として、北海道、東北、信越からの撤退を表明しました。長引く業績不振により、「食」に軸足を置き食品スーパーとして再生を目指すようです。それでも、食品スーパーを取り巻く状況はとても厳しいものがあります。
 私が米国に留学していた時、自宅の近くに「トレーダー・ジョーズ」という食品スーパーがありました。米国で最も顧客満足度が高いスーパーとして有名です。売り場は狭く、駐車スペースも数台分しかありません。取扱商品は少なく、商品の8割以上がプライベートブランドです。つまり多くのスーパーに置いてある商品がトレーダー・ジョーズにはありません。また商品の入れ替えサイクルが早いので、「今買っておかないと、次に来た時にはないかもしれない」という感覚になります。
 「乗組員」と呼ばれるスタッフの対応も素晴らしく、商品説明やレジの対応といったおもてなしを実際に経験すれば、そのすごさを実感できます。特に驚かされるのは、この会社の返品ポリシーです。食べかけの食品でも、飲みかけのワインでも、領収書がなくても理由も聞かずに返金してくれます。その理由は「返品を断るよりも、お客さんがまた買ってくれるから」というシンプルなものです。
 随分前の調査ですが、食品スーパーを選ぶ基準は「立地」「価格」「品ぞろえ」でした。しかし、この三つの条件を満たしても顧客満足度は高くなりません。それらはどのスーパーでも提供してくれる価値だからです。お客さんが本当に愛着を持ってくれる店とは、雰囲気や親切な対応といった他の店にはない「その店ならでは」の何かを持っていることが必要です。
 (企業経営研究所理事長)

 いそべ・たけひこ 慶大卒。福岡県の百貨店を退職し、慶大経営学博士号取得。流通科学大教授、神戸大教授、慶大教授を経て2023年に名商大大学院教授。慶大名誉教授。08年から現職。専門は経営戦略や地方創生。福岡県出身。

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