あなたの静岡新聞
▶ 新聞購読者向けサービス「静岡新聞DIGITAL」のご案内
あなたの静岡新聞とは?
有料プラン

テーマ : 経済しずおか

興津螺旋 女性の視点で古い習慣正す【しずおか企業探訪~経営とD&I~⑧】

 毎年3月8日は国際女性デーです。女性の社会参加と地位向上を目的として、世界各所でイベントが行われます。地域からジェンダー平等研究会はこの日、政治、行政、経済、教育の分野ごとに各都道府県の男女平等度を示す「都道府県版ジェンダー・ギャップ指数」を発表します。わが静岡県は2023年は経済分野の男女平等度が最下位でした。主な原因は、フルタイムの労働者に女性が少なく賃金も低いこと、管理職に女性が少ないことです。女性は補助的な業務に従事し、賃金面でも男性と大きく差があるという地域特性が見えてきます。
 そんな女性活躍推進後進県とも言える静岡県の中で、興津螺旋[らせん]は先駆的な企業の一つです。ねじの製造を手がける同社は、12年から製造現場に女性のねじ技術者を配置しています。きっかけは採用難に苦しんでいた柿沢宏一社長が「女性でも働きやすい職場なら、人材を確保しやすくなるのでは」と考えたことでした。力が弱くても作業しやすい電動リフトを設置したり、切削加工などの作業を工作機械に切り替えたり、トイレを改装したりと、働きやすい職場環境に変えていきました。安全面と環境面が改善された結果、女性のねじ技術者は増えて現在は7人となっています。
 女性が働きやすい職場づくりは、人材確保以外の価値ももたらしました。装置産業のねじ工場は、大ロット生産と長時間操業が当たり前でした。なるべく商品単価を下げる必要があるからです。しかし、女性たちが体力的に厳しそうな状況を見た柿沢社長は、商品の高付加価値化を進め、価格競争からは手を引くという多品種少量生産の戦略に切り替えました。軽量のチタンをはじめさまざまな素材の合金ねじ、量産品にはない規格のねじなど、一般的なねじ工場では敬遠される小ロットのオーダーを受けるようになったことで、受注量が減った半面、平均単価は上がりました。
 この戦略を採用できたのは、女性技術者によってもたらされた高い加工精度と作業効率があったからです。長く同じ製造作業をしていると、正規の手順を守らないような不適切な習慣が当たり前になることがあります。昔からのやり方を変えたがらない職人が多い中で「女性や若手は、その古い習慣を異常だと捉え、正そうとする」と柿沢社長は言います。その結果、不良品率は劇的に改善し、11年は平均6・2件だった月間クレーム件数が、22年には1・7件という水準までになりました。
 女性技術者を採用して12年目の今は、社内トップ3に入る技術力を持つ女性がいます。女性技術者同士で先輩後輩という関係もできています。子育て中の女性も増え、太田美里花さん(31)は3人の子どもがいます。最初は梱包[こんぽう]作業の仕事を探していましたが、同社が技術職を募集しているのを知り、興味を持ったそうです。「休みが取りやすく、先輩がいろいろ相談に乗ってくれるので働きやすい」とのことで、太田さんの妹も入社に至りました。
 柿沢社長は「女性活躍を進めていなかったら、採用はさらに大変になり、今も価格競争をしていただろう」と話しています。

 ポイント
 ・女性技術者の活躍で品質向上を実現
 ・職場環境改善し、人が集まる会社に

 【興津螺旋】静岡市清水区。1939年に木ねじ工場としてスタートし、現在は総合ねじ部品メーカーとして設計から製造・販売までを手がける。主力はステンレスねじで、チタン合金ボルトの量産化にも成功。顧客のニーズに応え、ニッケル合金ボルトなどさまざまな素材の製品を製造している。

 (国保祥子・静岡県立大経営情報学部准教授)

 こくぼ・あきこ 経営学博士。静岡県立大経営情報学部准教授(組織マネジメント)。企業や官公庁の組織開発プログラムやコンサルティングを手がける「ワークシフト研究所」所長。

 

いい茶0
▶ 追っかけ通知メールを受信する

経済しずおかの記事一覧

他の追っかけを読む