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テーマ : 静岡市

コラム窓辺 駿河湾での塩作り(中村羊一郎/静岡市歴史博物館長)

 子どもの頃の思い出。初夏になると勝手口から「来たよう」という大きな声が聞こえてきました。相良から馴染[なじ]みのおばさんが海藻のアラメを売りにやってきたのです。その晩のおかずは、季節感たっぷりのタケノコとアラメの煮物でした。これは聞いた話ですが、ずっと昔、山村の農家の囲炉裏[いろり]の上に、いくつも結び目をつけた奇妙な紐[ひも]がぶら下がっていて、それを「しおりどんの帳面」と呼んでいました。海辺からやってくる塩売りの女性たちが、塩をどれくらい置いていったかを示すもので、年末に結び目を数えて清算したのだそうです。

中村羊一郎氏
中村羊一郎氏

 富士川河口部から榛原郡の方まで、かつては広い砂浜が広がっていて、盛んに製塩が行われていました。海水を砂浜に撒[ま]いて水分を蒸発させ、集めた砂に海水をかけてこし、濃い塩水を作って煮詰めるのです。これが塩の道を通じて山間部に運ばれていきました。江戸時代の絵画には、興津の清見寺の前でも海水を砂浜に撒いている姿が見えます。砂浜がやせ細り、いっぽうで埋め立てが進んだ今では想像できない風景が東海道を行く旅人の目を楽しませていました。
 全国各地で行われていた製塩は、日露戦争の最中に塩が専売制になって、地域の産業としては消えていきました。かろうじて今も石川県珠洲市に残るこの製塩法は、国の重要無形民俗文化財に指定されており、能登半島地震にもめげず伝統を継承しようと頑張っているそうです。
(中村羊一郎=なかむらよういちろう/静岡市歴史博物館長)

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