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木版の新たな表現求め 牧野宗則さん(静岡)画業50年たどる展覧会 18日から、掛川市二の丸美術館

 静岡市の木版画家牧野宗則さん(84)が今年、画業50年を迎えた。伝統的な浮世絵版画の技法を基に、作画から彫り、摺[す]りまで一貫して一人で行う。江戸時代から続く伝統を超え、木版による新たな絵画表現を求めてきた半世紀でもある。その軌跡をたどる展覧会が18日、掛川市二の丸美術館で始まる。
「一線一色の技は、伝統木版画に立脚する。その土台に作家の個性と情熱を傾けてきた」と振り返る牧野宗則さん=静岡市葵区
 中学3年の時、松坂屋静岡店で開かれた浮世絵展で、京都からやってきた摺師[すりし]の実演に「すっかり魅せられ、1週間毎日通った」。高校の長期休暇のたびに京都へ。その職人の仕事場に寝泊まりし、絵師や彫師の熟練技も目の当たりにした。卒業するころには道具の扱い方や版木の見極め方までも習得。伝統版画の複雑さ、精緻さにのめり込むにつれ、一つの願望が強くなった。
 「凱風快晴」「神奈川沖浪裏」など、ダイナミックな構図と描写で圧倒する葛飾北斎の富嶽図だが、北斎自身が描いたのは墨線の版下絵(構図絵)だけ。庶民の芸術として花開いた浮世絵は大量生産が求められた。版元の意向が大きく、色彩や情感は彫師や摺師らの手によるものという。
「悠々無限」2019年(前期展示)
 絵師が、彫りや摺りの技法を得て完成させていたら―。「朝夕に見る富士山は憧れであり、心と精神を浄化してくれる存在。分業制作では難しい、北斎も広重もなし得なかった世界があるはず」。模倣ではなく、全ての工程を一人で行う。35歳で独り立ちを決意した。
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 伝統木版画の明瞭な線と色使いに、日の光や夕景、山肌に立ちこめる雲など独自のぼかしを加える。輪郭線を外すと、画面に伸びやかさ、自由さが現れた。版はおのずと10~20枚、摺りは20~30回と増えていった。一つの作品に膨大な時間を要し、年に数点の寡作を強いられる。
 「時には35枚の版、摺りが50回を超えるときも。色を選び抜いてこそ、透明感が生まれる」。緻密なグラデーションは、目に映る情景描写を越えていく。「その感動の源には、いつも生命や自然の輝きがあった」。やがてもう一つの願望が生まれた。
 モネやゴッホが収集し、作風に生かしてきたことでも知られる浮世絵。「伝統木版画の澄んだ色彩と、油彩の明るい光、色彩を融合してみたい」。1984年から15年間取り組んだ有明海シリーズは、水面に輝く光の道、干潟で育まれる小さな生き物などを丹念に描いた。気配や余韻といった東洋の自然観や精神性を宿す牧野版画の中核をなす存在だ。
 2000年に入って、版木を裁断して組み合わせた「ブロックス・アート」が、新たな表現に加わった。作品のエディション(限定数)を守り、後刷りを防ぐために必要な裁断。「版木とは最初から最後まで対話を重ねる。その美しさは、完成作品のイメージの源泉のよう。浮世絵版画から大胆に脱皮した現代美術であり、全く異なる存在感」と確信する。
 23年3月、過去2回の展覧会を開いた同館に、木版画やブロックス・アートなど144点の作品群と、版木や関連資料を寄贈した。「伝統木版画の新たな表現を実証することがようやくできたのでは。きっと北斎も広重も、全工程を自分で行いたかっただろう。いつの世も人々を魅了する富士の美を、これからも追い続けていきたい」と語る。
 (教育文化部・岡本妙)
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 「受贈記念展 牧野宗則 木版画の世界」は18日~7月15日、掛川市二の丸美術館で。作品を入れ替え、後期展示は6月19日から。5月25日と6月22日午後2時、牧野さんが作品解説を行う。問い合わせは同館<電0537(62)2061>へ。

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