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東海道広重美術館(静岡市)で4/3まで開催!企画展「広重と富士山」

広重の描く二つの富士シリーズ『不二三十六景』と『冨士三十六景』

静岡市清水区由比にある静岡市東海道広重美術館では、現在、企画展「広重と富士山」が開催中です。今回は、この企画展と歌川広重について、同美術館・学芸員の山口拓海さんに、SBSアナウンサー牧野克彦がお話をうかがいました。
※3月3日にSBSラジオIPPOで放送したものを編集しています。

牧野:今回の企画展では、どのような作品が展示されていますか?

山口:テーマは富士山が世界遺産に認定された「信仰の対象と芸術の源泉」です。大展示室では「芸術」として、江戸時代の浮世絵師、歌川広重が富士山をテーマに描いた浮世絵のシリーズ作品を展示。小展示室では「信仰」として、江戸時代の中頃から庶民の間に広がった富士講ブームを関連資料とともに紹介しています。

牧野:ざっくりと知っている人も多いと思うのですが、歌川広重について詳しく教えていただけますか?

山口:歌川広重は、江戸時代後期に活躍した浮世絵師です。お茶漬けのおまけでもおなじみの『東海道五拾三次之内』や、ゴッホが模写した作品などでも知られる『名所江戸百景』といった風景作品を得意としています。本名は安藤重右衛門で、明治時代以降は安藤広重と呼ばれるようになったので、安藤広重という名前でご存じの人も多いのではないでしょうか。

牧野:これはペンネームみたいなものですか?

山口:"広重"は絵を描くときの名前で、いわゆるペンネームなので、実際には本人は広重とは名乗っても、本名と合わせた”安藤広重”とは名乗っていないんです。そのため、本名とペンネームを合わせるのはおかしいのでは?ということで、最近の教科書などでは歌川広重と紹介されています。ちなみに”歌川”は広重が弟子入りした浮世絵師の流派の名前です。

『不二三十六景』と『冨士三十六景』

歌川広重『不二三十六景 東都江戸橋日本橋』静岡市東海道広重美術館蔵

牧野:今回の企画展は、2つのシリーズ作品『不二三十六景』と『冨士三十六景』を中心に、広重の描く浮世絵に描かれた富士山を紹介しているとのことでしたが、この2つのシリーズの違いは何ですか?

山口:大きな違いは、まず構図の向きと紙の大きさです。『不二三十六景』の方が先に刊行されたシリーズで、中判と呼ばれるサイズの紙に横の構図で作品が描かれています。この中判というサイズは、『東海道五拾三次之内』など江戸時代の後期によく使われていた大判を半分にしたサイズになるので、少し小さめの作品となります。

牧野:その時々で紙の大きさが違うなど、流行りがあったんですね。

山口:もうひとつの『冨士三十六景』の方は、広重が亡くなった翌年に刊行された最晩年の作品です。こちらは大判の紙に縦の構図で作品が描かれています。

牧野:最近でも、インスタを使う人が増えてからは縦撮り写真が増えていますが、そんな感じで当時も絵の描き方や構図に変化があったのでしょうか?

山口:浮世絵は一枚の絵としてだけでなく、本のように綴じてまとめて売られたりもします。そういった中で横の構図だと真ん中に折れ目が来てしまうので、折れ目がつかないように縦の構図の方が販売の観点で都合がよかったのではないかという話も最近の研究では指摘されているようです。

企画展での注目作品

牧野:今回の企画展の中で、皆さんに見てほしい作品はありますか?

山口:シリーズには東は千葉県から、西は三重県まで様々な場所から見える富士山の景色が描かれています。その中でもおすすめしたいのはやはり静岡の風景で、「駿河薩タ之海上」と「駿河三保之松原」という作品になります。

「駿河薩タ之海上」

歌川広重『冨士三十六景 駿河薩タ之海上』静岡市東海道広重美術館蔵

由比と興津の間にある薩埵峠の海上付近から富士山を見た風景。激しい荒波が描かれていて、葛飾北斎の『冨嶽三十六景』を彷彿させる作品です。北斎の横の構図と異なり、こちらは縦の構図で薩埵峠の崖も描かれているので、構図の違いによる広重の工夫にご注目ください。

「駿河三保之松原」

歌川広重『冨士三十六景 駿河三保之松原』静岡市東海道広重美術館蔵

一転して穏やかな駿河湾に突き出した清水の三保松原と湾越しに見る雄大な富士山が印象的な作品です。

どちらの風景も美術館から1時間以内にある静岡市内の名所。来館前、または作品をご観覧頂いた後に実際に訪れて、広重の作品と見比べるとより楽しめるのではないでしょうか。

牧野:当時は想像しながら描いたのか、何かを参考にしながら描いていたのか、どのように描いていたと考えられるのでしょうか?

山口:浮世絵というは、いわゆる高尚な芸術とはちょっと違い、当時の大衆印刷です。芸術家の場合、実際にその地を訪ねてスケッチを描くイメージだと思いますが、浮世絵師はどちらかというとイラストレーターに近いかと思います。現地で取材をして描くこともありますし、いろいろな設定資料、過去の絵や挿絵を集めながら自分なりの構図を表現していく場合もあります。

浮世絵師、葛飾北斎との関係

牧野:先ほど少しだけ話に出てきた、葛飾北斎との関係はどうだったのでしょうか?

山口:葛飾北斎も広重と同じく江戸時代の後半に活躍した浮世絵師です。北斎の方が先輩格で、だいたい30歳ぐらい年上になります。北斎が富士山を描いた『冨嶽三十六景』と広重の『東海道五拾三次之内』は、ほぼ同じ時期1830年代前半の作品ですが、当時の二人の立場は大きく違います。北斎が画業50年の大ベテランであるのに対し、広重はなかなか芽が出なかったんです。この頃ようやく芽が出始めて、『東海道五拾三次之内』のヒットで一躍人気絵師の仲間入りを果たすといった違いがありました。

牧野:ふたりの絵を見比べるときに、どういうところ見るといいでしょうか?

山口:一般的に、北斎は「大胆なモチーフの扱いと卓抜な画面構成」が特徴で、広重は「季節や天候の表現を効果的に使用した、情趣性の豊かさ」が特徴とされています。広重は富士山をテーマに書いた本も出しているんですが、その中で北斎を「構図の奇抜さを主眼として、富士山がその添え物になっているものも多い」と評価し、自分自身は「目の当たりにした風景をそのまま描き写した」と記しています。

「広重ブルー」とは

牧野:かなり意識したうえで自分のパターンを確立していったのかなと思いました。歌川広重でいうと「広重ブルー」という言葉も聞きますが、これはどういったものでしょうか?

山口:「広重ブルー」は海外からやってきた人工の顔料、ベロ藍の色のことをいいます。このベロ藍は18世紀初頭にドイツで発見された化学的な合成顔料で「プルシアン・ブルー」ともいいます。非常に鮮やかで透明感のある青色の絵具で、広重だけでなく北斎や他の浮世絵師たちも使っているので、同じものを指して「北斎ブルー」や「ジャパンブルー」といった呼び方もあります。

牧野:今回の企画展でも「広重ブルー」を見ることはできますか?

山口:はい、こちらの色は主に海や川、空の青に使われています。それまでに浮世絵で使われていたのが、植物系のつゆ草や渋い青色の紺藍などでした。これらの絵具で表現できない鮮やかな青色を出すことができたので、浮世絵版画の表現の幅を大きく広げた画期的な絵具だったんです。

人物も描く広重

歌川広重『東海道五十三圖會 吉原 元市場名ふつ白酒』静岡市東海道広重美術館蔵

牧野:当時から海外のものが日本に入ってきていたんですね! 広重は風景画のイメージがすごく強いですが、人物を描くことは少なかったのでしょうか?

歌川広重『道中膝栗毛 小田原泊り』静岡市東海道広重美術館蔵

山口:実は、広重は風景作品だけでなく、美人画や花鳥画など様々なジャンルの作品を手掛けています。なかでもマンガのようにデフォルメされたタッチで面白おかしな絵を描く「戯画(ぎが)」作品が得意なことでも知られています。また、風景作品といってもほとんどの作品にはどこかに“人物”が登場しています。有名な『東海道五十三次』の中にも、風に飛ばされた笠をあわてて追いかけたり、強引な客引きに困る旅人を描いていたりと、所々に旅を彩るコミカルな登場人物が描かれていたりします。なので、浮世絵作品を見るとき、そういった人物に注目して作品を見てみるのも楽しみ方のひとつですね。

歌川広重『東海道五拾三次之内 四日市 三重川』静岡市東海道広重美術館蔵

歌川広重『東海道五拾三次之内 御油 旅人留女』静岡市東海道広重美術館蔵

牧野:葛飾北斎がベテランとしている時代に、歌川広重が新しいことにチャレンジしてくる。今でいうとYouTuberやTikTokerとして大人気になってくる人をイメージしたのですが、山口さんはどのように想像されますか?

山口:どちらかというと北斎の方が、YouTuberやTikTokerに近いイメージですね。奇抜でいろんなことをチャレンジしていくタイプなので、熱狂的なファンがいる一方で、実は好き嫌いが分かれるという印象です。逆に広重は万人受けするタイプ。新しいことにもチャレンジしますが、その基本には多くの人が求める風景を自然な形で提供する、古典芸能やクラシックのイメージの方があう気がします。

牧野:説明が分かりやすいので、また行きたくなりました!

<DATA>
静岡市東海道広重美術館 企画展「広重と富士山」
開催期間:4月3日(日)まで
休館日:月曜日
入館料(税込):一般520円、大学生・高校生310円、中学生・小学生130円
今回お話をうかがったのは……山口拓海さん
静岡市東海道広重美術館学芸員

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