【静岡県立美術館の企画展「これからの風景 世界と出会いなおす6のテーマ」】 歌川広重、ジョン・コンスタブル、 クロード・ロラン、そしてイケムラレイコ。ネタバレ禁止、「どんでん返し」が仕込まれたコレクション展

静岡新聞論説委員がお届けする静岡県のアートやカルチャーに関するコラム。今回は静岡市駿河区の静岡県立美術館で7月5日から開かれている企画展「これからの風景 世界と出会いなおす6のテーマ」を題材に。
静岡県立美術館は五つの収集方針を掲げていて、その一つが「17世紀以降の東西の山水・風景画」である。今回の展覧会は主にこのカテゴリーから作品をチョイスしたコレクション展だが、かなり挑戦的な見せ方をしている。

展示室に入ってすぐの壁面の「展覧会クレジット」が目を引く。学芸員だけでなく「会場設計」「デザイン」の担当者名が列記されているが、「音と声」「録音・編集」などという県立美術館ではあまり見かけない項目もあってびっくりさせられる。

美術展ではあるが、ついつい音楽に例えたくなる。腕利きのDJが次から次に登場し、名曲をリミックスしてフロアを沸かせる。そんな風景を思い浮かべた。展示室のそこかしこに静かな熱狂がある。

「ネタバレに注意が必要」という特異な美術展である。あえて一つ、ネタを明かせば「詩で始まり詩で終わる」という構成になっている。風景画展なのにテキストが入口と出口を作っている。冒頭に掲げられるのは谷川俊太郎の「思い出の風景」。詩に列記された風景のイメージを託された四つの作品が並ぶ。歌川広重とジョン・コンスタブルが隣り合う。前代未聞ではないか。

歌川広重《東海道五拾三次(保永堂版): 蒲原夜之雪》 1833(天保4)年頃 静岡県立美術館蔵(展示期間:7月5日~7月28日)

同館の収蔵品展ではおなじみのクロード・ロラン「笛を吹く人物のいる牧歌的風景」が、いわば「お姫さま」扱いされているのがうれしい。さまざまな知とアイデアを集めて多角的に解説されている。

「見ること」だけでなく「触れること」「聞くこと」を通じて風景画を鑑賞することを提案するコーナー。SPACの舞台音楽家・棚川寛子、俳優の鈴木真理子、吉見亮の名前が刻まれているので、彼らが演奏しているのだろう。そよそよと耳に響く打楽器の音は、ロランの描く夕景の中から出ているようだ。ロマンチックに過ぎると言われるかもしれないが、自分自身が絵の中に引きずり込まれるような感覚を得た。

クロード・ロラン《笛を吹く人物のいる牧歌的風景》1630年代後半 静岡県立美術館蔵

ビール好きには、サミュエル・パーマー「ケント州、アンダーリヴァーのホップ畑」をお薦めしたい。19世紀英国の風景画家が、エールの本場であるイングランドの風景を点描で表現している。つる性植物のホップを伝わせる支柱がにょきにょき。ただ、この作品がユニークなのは、ホップそのものが見つけにくい点だ。決して主役の扱いではない。目立っているのは穂を実らせたイネ科と思われる植物である。タイトルを「ホップ畑」とした理由を知りたい。

展覧会の最終コーナーに置かれたイケムラレイコの色鉛筆による抽象画「u mi no ko」は必見。この作品がなぜこの位置にあるのか。その理由は、企画者である静岡県立美術館の学芸員たちの問題提起そのものである。キャプションは必読。今回展のちゃぶ台返しに近いことが書いてある。読む人は皆、その深慮遠謀に震撼するだろう。

(は)

<DATA>
■静岡県立美術館「これからの風景 世界と出会いなおす6のテーマ」
住所:静岡市駿河区谷田53-2 
開館:午前10時~午後5時半(月曜休館、祝日の場合は翌日休館)
観覧料(当日):一般1000円、70歳以上500円、大学生以下と身体障害者手帳などの持参者は無料
会期:9月23日(火・祝)まで

クロード・モネ《ルーアンのセーヌ川》1872年 静岡県立美術館蔵

静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

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