
「秘色の契り」は江戸幕府第10代将軍家治の治下、阿波、淡路の2国からなる徳島藩の藩政改革に乗り出した「養子の藩主」蜂須賀重喜と、その家臣たちの物語。阿波国は藍の産地として知られるが、原料の藍玉の売買は幕府の息がかかった大坂商人の意のままにされ、藍葉を育てる藍作人、藍玉をつくる藍師らは窮乏している。徳島藩自体も莫大な借金を抱えるが、大老たちは私腹を肥やす。
こんな「どん底」状態の藩に養子としてやってきた重喜が、直々の「仕置」で、数々の改革を成し遂げ、悪辣な抵抗勢力を次々に駆逐する。…というような痛快な話ではない。
重喜は倹約令を出して、藩の財政を立て直そうとする。適材適所の人事を行って,組織の活性化を図る。「痛快ではない」と書いたのは、ドラスティックな人事改革が、家臣たちに全く受け入れられない、という点だ。
「三塁の制」と題した新制度は細かく上下が決められた「家格」を三つに集約しようというもの。戦を生き抜いて得た「家格」を否定する内容に、家臣たちは総スカンだ。
「殿、新法は一朝一夕では実現しませぬ」「性急すぎる改革は、逆に災いを引き起こします」と進言する家臣。だが重喜は「改革は一朝一夕にならず、というが、時をかければかけるほど法度が濁らされるのは目に見えている」と意に介さない。心ある家臣は「君主への忠義」と「友人や家族との関係性」の間で板挟みになる。
完全に現代に置き換え可能な小説だ。会社や自治体、もしかしたら国の「構造改革」を強引に進めようとするトップの話、とも読める。現代の諸課題を江戸時代の人物たちに語らせている。「人に言われた法度をなぞるだけでは、本当の改革にはならない」との言葉が重い。
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