【第170回直木賞候補作品の中に見つけた〝静岡〟】草薙球場の沢村栄治伝説、田沼意次、静岡茶…。意外なところに潜む静岡エピソード。直木賞候補作品を読んで探してみては?

静岡トピックスを勉強する時間「3時のドリル」。今回のテーマは「第170回直木賞候補作品の中に見つけた〝静岡〟」。先生役は静岡新聞の橋爪充教育文化部長が務めます。 (SBSラジオ・ゴゴボラケのコーナー「3時のドリル」2024年1月17日放送)

(橋爪)今日は、本日(1月17日)発表される日本文学振興会主催の第170回直木賞について取り上げます。日本の文学界にとって、年2回開催される「お祭り」的な行事ですね。注目度も高いし、選ばれれば本も売れるという傾向にあります。

前回の第169回は静岡県ゆかりの方が受賞されましたが、覚えていますか?

(山田)島田市出身の永井紗耶子さんですよね。

(橋爪)そうです。垣根涼介さんの「極楽征夷大将軍」とともに永井さんの「木挽町のあだ討ち」で選ばれましたね。発表当日の「3時のドリル」でも、1982年の第87回で「時代屋の女房」で受賞した村松友視さん以来41年ぶりに静岡県関係者が受賞するといいですねという話をしました。

(山田)予想が的中しましたよね。

(橋爪)偶然ですが、第170回も「3時のドリル」に出演する日と選考会が重なったので、今日は直木賞をテーマにしました。

(山田)今回はどうですか。

(橋爪)今回は残念ながら静岡関係の候補者がいらっしゃいませんでした。静岡が舞台の作品もありません。ただ、候補になった6作品を全部読みましたが、いずれ劣らぬ読み応えがある力作ばかりでした。

(山田)今日はその内容について解説してくださるんですね。

(橋爪)まず候補作品を紹介します。加藤シゲアキさんの「なれのはて」、河﨑秋子 さんの「ともぐい」、嶋津輝 さんの「襷がけの二人」、万城目学さんの「八月の御所グラウンド」、 宮内悠介さんの「ラウリ・クースクを探して」、 村木嵐 さんの「まいまいつぶろ」です。 

加藤さんはアイドルグループNEWSのメンバーとしても知られていますよね。嶋津さんと村木さんは初の候補入り。加藤さん、河﨑さんは2回目。宮内さんは4回目で、万城目さんは6回目のノミネートです。宮内さんは芥川賞にも2回ノミネートされたことがあります。

(山田)万城目さんからしたら取りたいですよね。

「静岡との接点」を無理やり掘り起こしてみました!

(橋爪)このコーナーでどんな話をしようかと考えたのですが、焦点は「どの作品が選ばれるか」ですよね。でもそれは、ウェブメディアを中心にいろいろ出ています。最初に言いますと、各種メディアで最有力とされているのは加藤さんでした。

ただ、せっかく静岡放送で話をしているので、まずこの6冊から「静岡との接点」を無理やり掘り起こそうと思います。それで最後に、私の考える「1点買い」をお伝えしようと思います。

意外なところに静岡のエピソードや静岡に関係するキーワードが出てくる作品もあるので、それをきっかけに本を手に取ってもらってもいいと思います。これを聴いて、書店に足を運んでいただけたら本望です。

(山田)では、お願いします。

(橋爪)まずは、万城目さんの「八月の御所グラウンド」から。お盆期間の京都市を舞台にした草野球リーグの話。軽妙な語り口で、キャラクターが魅力的です。この番組にも出演されていた宮嶋未奈さんの「成瀬は天下を取りにいく」が楽しめた方は絶対好きになると思います。

(山田)そうなんですね。

(橋爪)作品の中では、日本最初のプロ野球チーム「大日本東京野球俱楽部」のエースで、1944年に東シナ海で戦死した沢村栄治への言及があり、これが作品の肝とも言えます。この中では、沢村と米国代表との死闘の描写があります。

(山田)それだけでピンと来る方はいると思いますね。

(橋爪)ベーブ・ルースらを相手にわずか1失点。0対1で惜敗したゲーム。作中にいつどこで、という記述はありませんが、野球好きの静岡人なら1934年11月20日に静岡市駿河区の草薙球場で行われた試合だと分かります。私は胸が熱くなりました。

(山田)来ましたねー、静岡!なるほど。

(橋爪)次は村木さんの「まいまいつぶろ」。江戸幕府第9代将軍徳川家重と、体と言葉が不自由な彼の「通詞」として生涯を共にした大岡忠光の物語です。ですが、裏読みすると、現在の牧之原市に当たる相良藩の藩主だった老中・田沼意次の「成り上がり物語」としても読めます。だから静岡に関係がある。

秀でた頭脳で家重、第10代将軍家治の信用を得る様は、超エリート官僚を思わせます。小説の最後には「さまざまに名の高い、いや悪名も高い老中だ」という記述もあって、皮肉が効いています。

(山田)なるほど。歴史ものですね。

(橋爪)続いて、島津さんの「襷がけの二人」です。大正15年を起点に、東京・下谷(台東区)の製缶工場経営者の家に嫁いだ千代と、女中頭のお初の戦中戦後を通じた24年間の絆を描く人情もの。台所の、特に料理の描写がとても魅力的です。

舞台はほとんど東京なんですが、すごく小さい静岡に関するエピソードが非連続的に三つ出てくるんです。一つだけ紹介すると、昭和16年の隣組の会合の場面で、隣組幹部の妻が「私の田舎が静岡だから」と緑茶の茶葉を置いていき、それを飲んだ千代とお初が「さすがお茶所は違うわ」と感心する場面があります。「ごく少量でも香りが立つし、後味もほんのりと甘い」と地の文でも描写されています。小説の中で、静岡のお茶が絶賛されていて、とてもうれしくなりました。

(山田)これはまさに静岡との接点ですよね。

受賞予想は「ともぐい」。果たして結果は?


(橋爪)時間もなくなってきたので、最後に私の個人的な受賞予想を披露します。最有力は河﨑さんの「ともぐい」です。本の帯には「新たな熊文学の誕生」「令和の熊文学の最高到達点!!」と書かれています。

(山田)熊文学ってなんですか。

(橋爪)私も初めて聞きました。「ともぐい」は、明治時代の後期に北海道の人里離れた山の中で、犬と狩りをしながら自給自足に近い生活をしている主人公の男が、ある時から熊と対峙しなくてはいけなくなるという話です。相手は最強に近い「赤毛」という熊なんです。

(山田)ゴールデンカムイ感がありますね。

(橋爪)そうですね。ただ、この作品は人間が1人です。山の中で暮らしているルーティンがどんどん崩れていき、仕方なく対峙するという感じで描かれています。そのルーティンが崩れていくいらだちのようなものがすごく伝わってきて興味深いです。

熊の生態に猟師としてどう立ち向かっていくか。自分も山の中では熊と同じように一つの獣だという認識なんです。読んでいくと、野生動物同士の戦いのようなものを感じ取れて、自分が北海道の山中に置き去りにされたような気分が味わえます。

(山田)面白そう!

(橋爪)帯には熊文学と書いてありますが、逆の面から言えば猟師文学でもあると言えます。主人公の「熊爪」の視点で語られますが、ある意味、熊の理屈も深く語られています。私はこの作品が受賞するのではないかと思っています。

(山田)今日、この後に発表があるんですよね。また的中させたらすごいですね(笑)。静岡がどこに含まれているかを紹介してもらいましたが、それをきっかけに直木賞作品を読んでもらえるといいですね。

(橋爪)候補になった作品はどれも素晴らしいので、ぜひ読んでもらえれば。

(山田)ありがとうございました。今日の勉強はこれでおしまい!

SBSラジオで月〜木曜日、13:00〜16:00で生放送中。「静岡生まれ・静岡育ち・静岡在住」生粋の静岡人・山田門努があなたに“新しい午後の夜明け=ゴゴボラケ”をお届けします。“今知っておくべき静岡トピックス”を学ぶコーナー「3時のドリル」は毎回午後3時から。番組公式X(旧Twitter)もチェック!

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